舞踊ジャーナリストの菘あつこさんに聞く「幼少期に憧れた世界が、いつしか取材の対象になるまで」

劇場に出掛けて舞台を楽しむことは素晴らしい体験として心に残り、次の舞台の期待へと繋がっていきます。このコラムシリーズでは、舞台に関係する方や舞台鑑賞が好きな方たちに幅広くご登場いただいて、それぞれの視点からはじめて鑑賞した時の心躍る体験や、バレエやオペラ、オーケストラなどの舞台鑑賞にハマったきっかけとその魅力、心に残った光藍社の公演などを紹介していただきます。皆様が「舞台鑑賞って楽しそう」と感じたり、「また鑑賞を楽しみたい!」とご自身の鑑賞体験を思い出して、劇場に足を運び舞台をご覧いただくきっかけとなりましたら幸甚です。


第10回目は、舞踊ジャーナリストの(すずな)あつこさんにご寄稿いただきました。これまでに取材した日本人ダンサーたちの海外での華々しい活躍に喜びを感じている菘さんが、幼少期にバレエへの憧れを抱き、夢中になったバレエ漫画やバレエ教室に通うまでの葛藤、感動したプリセツカヤの踊りなどについて語ってくれます。また、縁あって独立直後のウクライナ、キエフへの半月の短期研修同行を叶え、後にドイツ・バレエなどにも惹かれて舞踊ジャーナリストとなるまでの経緯もご紹介いただきます。



幼い頃から憧れたバレエの世界

●バレエへの憧れ

 私が初めて劇場でバレエを観たのは中学生になったばかりの頃、大阪のフェスティバルホールで行われたバレエ協会関西支部主催のバレエ芸術劇場「コッペリア」でした。当時習っていたバレエ教室の先生、田上世津子さんがスワニルダでフランツは佐伯茂さん。田上先生のことは初めてお会いした時から子供ごころに「こんな美人さんが現実にいるんだ!女優さんみたい!」と憧れていたので、主役を踊られるのを観るのが本当に楽しみでした。初めてバレエを生で観られるということにもワクワク感でいっぱいでした。

 どうして、観る前からそんなに盛り上がっていたの?──と思われるかもしれません。実は、生でバレエを観たのはこの時が最初でしたが、バレエに興味を持ったのは、ずっと前、ものごころついたばかりの、幼稚園に入るか入らないかの頃からだったように思います。なんにも知らないのに、とにかく「バレエが好き」と周囲に言っていた記憶があります。幼児向けの雑誌の記事や、幼稚園に習っている子がいたからだとは思うのですが……。「がんばれ!! ロボコン」というテレビ番組に出てくるバレリーナ“ロビンちゃん”にも夢中になったような気がします。

 最初は「観たい」というよりも「習いたい」でした。両親にお願いしましたが、叶えられず。近所に教室がなかったこともありましたが、どうも両親は、内向的で運動音痴、家で手芸ばかりしている私を見て「どう考えても向いていない」と思ったようです。仕方なく、小学館発行の松山樹子さん監修、清水哲太郎さん著の「バレエ入門」を隅から隅まで読んで真似をしてみたり、NHK教育で放送される舞台を観たりしていました。運動靴で爪先立ちの真似をするものだからすぐに靴の先に穴があいて、よく怒られたのも思い出します。

子供の頃に読んだ「バレエ入門」と、菘さん著書の大人初心者のためのバレエ入門書「ココロとカラダに効くバレエ」(筆者提供)

●夢中になったバレエ漫画、ついにバレエ教室へ

 バレエ漫画にも夢中になりました。有吉京子先生の「SWAN」、山岸涼子先生の「アラベスク」などを貪るように読んで。これらの漫画は、今読んでも、現実のバレエの世界についてよく取材された上で描かれていて、とても良い勉強になったと思います。子供時代の私は、現実のバレエには縁がなく、本や雑誌を見つけては読んで、耳年増のようになっていきました。今、「SWAN MAGAZINE」(平凡社)で記事を書かせていただくなかで、有吉先生と一緒にヨーロッパのバレエ取材などをさせていただく機会があるのですが、子供のころの私からすれば夢のような仕事です。

 小学校5年生の時のこと、学校の先生との面談に行った母が、私の体育の成績が悪い(本当に極度の運動音痴なのです)のを相談すると、「何か身体を動かせる習い事でもさせてみては?」と言われ、「バレエがやりたいとは言っているのですが……」と話すと、「本人がやりたいことをやらせてあげるのが良いのでは」と言ってくださったそうで、この先生には本当に感謝します。母が電話帳で教室を探してくれて、住んでいた大阪府八尾市内にある安積バレエ研究所(現・大阪バレエアカデミー)に通うことになったのでした。初めてレッスンに行った日、運動が苦手だから習いに来る子がいると聞いていらっしゃったのでしょう。安積由高先生が「よく来たね」と抱きしめてくださって、「西洋芸術の世界にいる人は、こんな風なんだ!」と、嬉しくも驚いたのは忘れられません(田舎者でしたから、そんなことする大人は周囲にいなかったのです)。そして、奥様である橘照代先生のクラスでレッスンをはじめ、最初に書いた田上先生にも教えていただくことになったわけです。

「SWAN MAGAZINE」有吉京子先生と同行したドイツツアー取材の特集号

●思い出のバレエ鑑賞

 それからは公演の情報を得る機会も増え、舞台を観る機会が少しずつ増えていきました。中学、高校、大学時代、フェスティバルホールの最上階の一番安い席で、色々な公演を観たのを思い出します。マイヤ・プリセツカヤの「瀕死の白鳥」を観た時には、その水面を漂うような腕の動きを見ているうちに、吸い込まれるようになって、踊り終わられたとたんに夢中で拍手をしていると、会場中が拍手の嵐に包まれていることに気づきました。そして、カーテンコールに応えていた彼女が袖に入ったと思ったら、驚いたことに、もう一度「瀕死──」の音楽が流れはじめたのです。いくら短いソロだと言っても、2回踊ってもらったのを観たのは後にも先にもこの時だけです。また、その頃「世界バレエ・フェスティバル」も東京だけでなくて大阪でも行われていました。世界のトップクラスの踊りの数々には、本当に興奮のしっぱなし。人間の身体って、なんて美しいのだろう……、言葉がないから、こんなに細やかな感情が伝わるのかな……と、いろいろなことを思いながら舞台を楽しみました。

「瀕死の白鳥」プリセツカヤ 

 京都の大学に進学した私は、大阪の公演も観に行っていましたが、京都で寺田バレエ・アート・スクールに通わせていただくことになりました。ソ連時代から長年、キエフ・バレエ学校と姉妹校提携を結ばれていて、私が通わせていただいた大学時代、ちょうど、主宰の寺田博保先生と高尾美智子先生のご子息の寺田宜弘さんがキエフ・バレエ学校に留学されていました。光藍社さんの公演をよく拝見するようになったのは、この頃からではないかと思います。

●転機となった、ウクライナ独立直後の研修同行

 この教室には、当時、ソ連時代で行き来が簡単ではなかったにも関わらず、キエフの先生や優秀な生徒さんがたびたび来られていました。ソ連崩壊前後の混乱の時代でしたが、宜弘さんと同世代(学年としては前後ありますが)には、アリーナ・コジョカルさんやイワン・ペトロフさん、デニス・マトヴィエンコさん、スヴェトラーナ・ザハーロワさん、アレクサンドル・リアブコさんなど錚々たるダンサーが並びます。少し先輩には、昨年キエフ・バレエ芸術監督に就任したエレーナ・フィリピエワさんなどもいました。 また、幸運にも2週間ほどのキエフ短期研修に同行し、ロシアのメソッドで行われる1年生~8年生までのレッスンを見学させていただく機会をいただきました。これは、私にとって今も大切な糧となっています。

キエフ・バレエ学校の生徒たちのレッスン:2004年取材時 (筆者撮影)

 日本の教室では、早い時期から高度なテクニックに挑戦しがちですが、地道な基礎レッスンが学年ごとに少しずつ高度になっていくのを、じっくり見せていただきました。お昼休みには、学校の食堂でバレエダンサーのための栄養を考えたメニューの昼食をいただきました。昼食時に、宜弘さんとマトヴィエンコさんが親しげに現れたり……、夜には劇場で、公演を拝見しました。まだウクライナ独立間もない(1年も経っていない)時期でしたので、ソ連時代のバレエ学校の様子を生で垣間見られたことを、本当に良かったと先生方に感謝しています。この時、物資のないなかで、お世話になった先生がくださったキエフの生徒たちと同じトウシューズは今も私の宝物で、もったいなくてレッスンにも使わず大切に置いています。

1992年春、キエフ研修の時にいただいたトウシューズ (筆者提供) 

 大学を卒業した私は、劇場の広報などを行っている会社に就職し、バレエとは直接関係のない仕事が多い中でお給料をつぎ込んで、バレエを見続けました。時には海外にも行ったりしながら。そして、新たに大好きになったのは、ドイツ・バレエ。フランスのパリ・オペラ座を代表とするバレエや、ロシア・バレエが素晴らしいのはもちろんですが、20世紀以降の、シュツットガルト・バレエ団の「じゃじゃ馬馴らし」や「オネーギン」といったジョン・クランコ振付作品、ハンブルク・バレエ団のジョン・ノイマイヤー振付「椿姫」等々、大人が楽しめるドラマ作品にも強く惹かれるようになりました。そうしているなかで、次第にバレエについて書く機会をいただくようになりました。それからは、取材としても多くの舞台を観させていただいています。

クランコ振付「オネーギン」

●嬉しい日本人ダンサーの活躍

 私は関西在住なので、関西の舞台や関西の若手の方を比較的細かく取材させていただく機会があるのですが、最近嬉しいのは、コンクール受賞や出身バレエ教室の舞台などで中高生の頃から注目していた方が、続々と海外で活躍していらっしゃること。ごく最近で言えば、中学生時代から取材させていただいている金子扶生さんが、5月に英国ロイヤル・バレエ団プリンシパルに昇格したことは、とても嬉しいニュースでした。その少し前には、同じくロイヤル・バレエ団の平野亮一さん、さらにウィーン国立バレエ団の橋本清香さんや、木本全優さんもそうです。

 今夏の「ロシア・バレエ・ガラ2021」に出演されたモスクワ音楽劇場バレエのセカンド・ソリスト直塚美穂さんには、「こうべ全国洋舞コンクール」の1位になられた時にインタビューさせていただいたのを思い出します。世界中のバレエ団の公演で、日本人ダンサーの活躍が観られるようになってきたことは、本当に嬉しいことです。

菘あつこ(舞踊ジャーナリスト)

(※注釈書き以外の写真:光藍社過去の公演プログラム、コラム使用写真より)