バレエ講師の三科絵理さんに聞く「劇場という魔力」

劇場に出掛けて舞台を楽しむことは素晴らしい体験として心に残り、次の舞台の期待へと繋がっていきます。このコラムシリーズでは、舞台に関係する方や舞台鑑賞が好きな方たちに幅広くご登場いただいて、それぞれの視点からはじめて鑑賞した時の心躍る体験や、バレエやオペラ、オーケストラなどの舞台鑑賞にハマったきっかけとその魅力、心に残った光藍社の公演などを紹介していただきます。皆様が「舞台鑑賞って楽しそう」と感じたり、「また鑑賞を楽しみたい!」とご自身の鑑賞体験を思い出して、劇場に足を運び舞台をご覧いただくきっかけとなりましたら幸甚です。


第6回目は、バレエ講師の三科絵理さんに伺いました。3歳からバレエを習い始めて、劇場で数多くのバレエを鑑賞してきた三科さんが、心に残った思い出のバレエ公演のほか、バレエを習っている人がバレエ鑑賞をする大切さとその理由、鑑賞のポイントなどを教えてくれます。


バレエの魅力にとりつかれた、劇場での貴重な鑑賞経験

劇場は聖地である。客席に座り開演を待つ時間は、舞台鑑賞において最高に特別な時間だ。開演の合図が鳴り響くと、歓談の声がぴたっと静まる。座席で隣り合う見知らぬ人たちと、言葉を交わさずとも一緒に参加しているような気持ちになり、客席中が一体となって幕開けを待ち望む。「どんな舞台が始まっていくのだろう!」。劇場は、観客とダンサーが同じ時間に同じ空間で人生が交差する場所であり、その魅力にとりつかれてしまうと、まるで中毒性があるかのようである。

私は3歳からバレエを始めた。バレエを通して、劇場という魔力にとりつかれてしまった一人である。私が初めてプロのバレエ公演を観たのは、1990年の森下洋子さん主演「シンデレラ」だった。まだ4歳になったばかりでじっと静かに座っていることも慣れていない年齢だったが、バレエを習い始めて興味津々で観たのを覚えている。舞台や衣裳がどれもまぶしく、きらびやかな世界の中で一番キラキラと輝いて見えたのは、灰かぶり娘が遠く夢見る瞳の輝きだった。バレエは夢を届けるものなんだ、と実感した原体験だった。

母はバレエのことは何も知らなかったが、私をバレエ教室へ習わせてくれた。そんな親御さんも世の中には多いと思う。それは「バレエに触れる機会を、もっと作ってあげたい」という親心だと思う。バレエのことはわからないけれど、そんなに楽しそうに習っているなら劇場に連れていこうと思ってくれたことは大正解だったと、今でも感謝している。なぜなら劇場に足を踏み入れるだけで、バレエを学ぶ者にとってはあらゆる経験が勉強だからだ。

バレエの発表会で「眠りの森の美女」の花のワルツを踊ることになったとき、レニングラード国立バレエ来日公演「眠りの森の美女」(1996年)を観に行った。まだ当時はインターネットのYouTubeなどもない時代で、大勢の海外のバレリーナを間近に観る初めての経験だった。おとぎ話の作品そのもので、遠い外国の世界で本物のお姫様に出会ったかのような気持ちだった。ダンサーの踊りだけでなく、立ち振る舞い、表現されている情景、オーケストラ演奏による生の音楽、経験するものすべてが勉強だった。

物語バレエは、全幕を観ることが踊るためにも大切である。バレエを習う人の中には、人気のヴァリエーションの部分だけ観るという人もいるが、作品の全体像を観れば、そのヴァリエーションがどんな場面でどのような意味をもつ踊りなのかを理解できる。役柄の個性や、場面の深みが感じられると、踊りも変わっていくものだ。 世界的なスターダンサーの、人並み外れたオーラを観ることも勉強になる。2003年「バレエの美神(ミューズ)」では、私が文字を読めないくらい幼い頃から「ダンスマガジン」でポーズ写真の関節一つ一つまでを食い入るように眺めていた有名ダンサーたちが、夢の共演をしていた。当時の新星エレーナ・エフセーエワさんの「眠りの森の美女」のローズ・アダージョ、故マイヤ・プリセツカヤさんとシャルル・ジュドさんの「牧神の午後」、イヴリン・ハートさんとファルフ・ルジマトフさんの「ジゼル」など、いずれも今となっては貴重なダンサーの演技ばかりだった。バレエ公演は、後から映像で観ることができないことも多い。「あの時のバレエを観た」という思い出を誇らしく思えることも、バレエ鑑賞の魅力だろう。

思い出の公演プログラム「レニングラード国立バレエ(1996年)」「バレエの美神 (2003年)」(写真:筆者提供)

キエフ・バレエのトップ・プリマ、エレーナ・フィリピエワさんの全幕「白鳥の湖」引退公演も、近年観た中で特別な公演だった。それまでに何度も主演を観ていたが、その日は二度涙がこぼれ落ちた。オデットという役柄は、おとなしいように見えて深い愛に満ちた感情が特徴である。そのためには繊細さと円熟が必要で、派手な役柄よりも意外に難しい作品でもある。あれほど自然体にオデットらしさを表現できるのは稀有なプリマだといつも感じていた。そんなバレリーナも、一人の人間であり、いつかは引退がやってくるのだ。厳しく強いバレリーナとしての人生をまっとうする姿に、心から熱く拍手を送った。

キエフ・バレエ「白鳥の湖」 エレーナ・フィリピエワ

今日では、大人になってからバレエを習う人も増えている。スポーツジムのエクササイズ感覚でバレエに挑戦したり、シニアバレエクラスという場も増えた。日本のバレエ人口が増えて、芸術文化の活性化につながることを願っている。手軽にバレエを習い始めたという方も、ぜひ劇場でのバレエ鑑賞も味わってほしいと思う。バレエの基礎テクニックは、かんたんには真似できないことが多い。人間離れしたような身体運動に見えることもあるだろう。でも、バレエは解剖学的にも理にかなった形で理論立てられており、ダンサーたちは安全に美しくなるよう長年の訓練を積み重ねている。壮大なバレエも、すべては積み重ねからである。それが突き詰められると「一体どんな芸術に化けるのか?」ということを、劇場で感じ取ってほしい。生だからこそ、ビデオでは分からないようなダンサーの生々しい息遣いも聞こえてくる。調和された身体運動の結晶は「このために、バレエの基礎テクニックがあるのか」と実感できることがあるだろう。

バレエ教室で発表会に立つ機会がある方は、舞台上のしぐさも勉強になるだろう。劇場はバレエ教室よりも大きな空間である。ダンサーと観客は、舞台上からもコミュニケーションをする必要がある。踊り手はステージから適切に目線を配る必要があったり、レヴェランス(お辞儀)の間合いも重要だ。「ロシア・バレエ・ガラ」などの来日公演で人気のオクサーナ・ボンダレワさんは、十八番のキトリで並外れた技巧を披露し、連日観客が総立ちになっていたが、私が特に素敵だと思うのは、ファンと一体になって感動を共有するレヴェランスをしていたことだ。感謝と喜びをまっすぐに分かち合える朗らかな人柄が、舞台上にも踊りにも表れているダンサーの一人である。

ロシア・バレエ・ガラ2018「ドン・キホーテ」 オクサーナ・ボンダレワ

たとえ同じ公演でも、キャスティング(配役)やダンサーのコンディションや生演技によって、二度と同じ舞台は無い。一つの役柄も、違うダンサーが演じると雰囲気が変わるものだ。また、同じキャスティングだったとしても、舞台に立つプロフェッショナルなダンサーたちは、一回一回の演技を、切磋琢磨して臨んでいるものだ。「少しでも向上させよう」と、その瞬間に魂を込めて舞台に立っている。私は夫と舞台写真撮影活動もしているが、フォトグラファーもその日ごとのダンサーの調子・変化と息を合わせて、勝負のようにシャッターに立ち向かっている。舞台を作るのは、ダンサーだけでなく、照明・衣装・音楽・舞台進行スタッフなどのすべての(わざ)が調和する総合芸術だ。そして、忘れてならないのは、観客も芸術を成す一員である。ダンサーにとって、踊りは観客への贈り物だ。拍手の音が聞こえる喜びはひとしおである。舞台鑑賞の際には、ダンサーたちの呼吸と自身を重ねるかのように一体となって、舞台で繰り広げられる出来事を、ぜひ夢中で経験してほしい。劇場の魔力のもとで、その日限りのかけがえのない宝物が見つかるはずである。

三科絵理(バレエ講師)

キエフ・バレエ「くるみ割り人形」

<写真:堀口祐樹>