バレエライターの森菜穂美さんに聞く「私とバレエとの出会い」

劇場に出掛けて舞台を楽しむことは素晴らしい体験として心に残り、次の舞台の期待へと繋がっていきます。このコラムシリーズでは、舞台に関係する方や舞台鑑賞が好きな方たちに幅広くご登場いただいて、それぞれの視点からはじめて鑑賞した時の心躍る体験や、バレエやオペラ、オーケストラなどの舞台鑑賞にハマったきっかけとその魅力、心に残った光藍社の公演などを紹介していただきます。皆様が「舞台鑑賞って楽しそう」と感じたり、「また鑑賞を楽しみたい!」とご自身の鑑賞体験を思い出して、劇場に足を運び舞台をご覧いただくきっかけとなりましたら幸甚です。


第2回目は、バレエライターの森菜穂美さんです。芸術は社会に密接に関連するもので、心を豊かにしてくれると共に、人生にとって大切なことを考えさせてくれると語る森さんが、これまでに出会った記憶に残る舞台の数々を紹介してくれます。


人生を豊かにしてくれるバレエ鑑賞

5歳から10歳になる少し前まで、父の仕事の関係でロンドンに住んでいました。その時にバレエを習い、そしてたまにですがバレエ公演に連れて行ってもらっていたのです。小さすぎて何を観に行ったのかは覚えていないのですが、ロイヤル・アルバート・ホールやロイヤル・フェスティバル・ホールといった美しい劇場でキラキラのバレエを観たことは覚えています。バレエを踊るのも楽しかったのですが、日本に帰国する時に、日本に慣れるのが大変すぎてバレエはそこでやめてしまいました。

10代の時はバレエに関心がなかったわけではないのですが、チケット代も高かったし、当時は映画をよく観に行ったり、あと演劇のサークルに入っていたりしたので演劇の方をよく観ていました。大学の時の友達がバレエ好きで、90年代にバレエ公演に連れて行ってくれたのが、バレエを好きになったきっかけです。その友達は一流のものだけを厳選してくれました。世界バレエ・フェスティバル、ロイヤル・バレエ、アメリカン・バレエ・シアターなどです。一緒にロンドンにも行ってロイヤル・バレエやミュージカルも観に行きました。ただその頃私はまだライトなファンで、年に数回行く程度でした。この頃観た熊川哲也さんの驚くべきパック(「真夏の夜の夢」)と、ファルフ・ルジマトフの野生の豹のような魅力はとてもよく記憶に残っています。

本格的にバレエファンになったのは、90年代終わりのアメリカン・バレエ・シアターのマクミラン版『ロミオとジュリエット』、アレッサンドラ・フェリとフリオ・ボッカが主演の舞台でした。バレエがこんなにもドラマティックで心を揺さぶり、主人公と同じように感情移入できるなんて!とバレエをもっと観てみたいと思うようになったのです。その当時映画会社に勤めていたのですが、仕事先で『センターステージ』という、ABTなどのバレエダンサーがたくさん出ている映画を配給していて、バレエの世界を身近に感じるようになっていました。

もう一つ、映画『リトル・ダンサー』が大好きで、それでアダム・クーパーが出演していたマシュー・ボーンの『白鳥の湖』が初来日した時に、この作品に夢中になったのです。当時、仕事などでとても落ち込んでおり、自信を喪失して自己肯定感がなくなっていたのですが、この作品の王子に自分を重ねてしまい、こんな自分を無条件に受け止めてくれる人がきっといる、と勇気づけられたのです。気が付けば韓国などにもこの作品を観に行き、海外でバレエを観ることの楽しさに目覚めてからは、ニューヨーク、パリ、ロンドン…と旅して様々なバレエ団や作品、ダンサーを観るようになったのです。バレエをもっと知るには、自分も踊らなくちゃ、と大人バレエを習うようになってますますその魅力に取りつかれるようになりました。

ボリショイ劇場外観(筆者提供)
パリ・オペラ座ガルニエの大晦日公演で(筆者提供)

もともと、映画の感想を書くためにホームページやブログを書いていたのですが、バレエの感想や情報を書くようになり、気が付けば、バレエについて書くことが仕事になっていました。映画会社時代に、自分が好きなことを仕事にするのは辛いからそういうことはもうしない、と思っていたのですが、今は大好きなバレエに関わることを仕事にできて、とても楽しいです。バレエは美しい総合芸術だし、夢のような世界に連れて行ってくれ、日常を忘れさせてくれます。バレエの歴史を知り、過去の有名なダンサーや振付家などの人生を、伝記を読んで知ることもわくわくします。音楽、美術、文学、映像、ファッション…関連する領域はとても広いです。旅行やSNSなどを通して、国内、海外のバレエファンと友達になって世界が広がっていきましたし、またバレエと社会との関わり―社会に果たす役割や時代の変化と共に変わっていく価値観などについて考えるのも、刺激的なことです。芸術は一見何の役にも立たないように見えますが、心を、そして人生を豊かにしてくれるものです。そして芸術は社会に密接に関連するものであり、芸術を通して世の中や人生にとって大切なことを考えさせられるのだと、私は思っています。

(左)「ルジマトフのすべて」 1994年プログラムより (右)「奇才コルプの世界」 2009年プログラムより

光藍社の公演では、先述の90年代に友達が連れて行ってくれた「ルジマトフのすべて」でのファルフ・ルジマトフの美しい姿が鮮烈に記憶に残っています。特にカーテンコールでの見得を切る姿は、グラム・ロックのスターのようでした。また、当時はレニングラード国立バレエという名前で全国へツアーする来日公演が頻繁に行われていたミハイロフスキー劇場バレエの公演も、その頃から観ていました。比較的リーズナブルな価格で、自前の素晴らしいオーケストラ付きでクオリティの高いロシア・バレエを観ることができたので、できるだけ観に行くようにしていました。シェスタコワ、ペレン、シヴァコフといった素敵なダンサーたちの踊りをよく観たものです。

そして特に記憶に残っているのは、2009年に開催されたガラ公演「奇才イーゴリ・コルプの世界」です。コンテンポラリーの怪しい男性版パクリタル振付『白鳥』から、コメディ・バレエの傑作『ザ・グラン・パ・ド・ドゥ』でお笑いを見せる姿まで、こんなマニアックな企画を実現させてしまう光藍社さん、素晴らしい!独特の感性を持つコルプの怪しい魅力全開の、とても楽しい公演でした。その少し前、2007年の、キエフ・バレエの『ライモンダ』での彼のアブデラクマンの危険すぎる魅力にはノックアウトされたものでした。私の地元である武蔵野市の、武蔵野市民文化会館で今は亡き父と観たキエフ・バレエの『くるみ割り人形』も美しくもとても温かい公演で、心に残っています。伝説的なマイヤ・プリセツカヤの80歳の時の踊りを観ることができたのは、2006年の「バレエの美神」公演でした。日本各地にレニングラード国立バレエなど光藍社が蒔いた種は、日本の多くのバレエファンやプロのバレエダンサーへと育っていっていると思います。

森菜穂美(バレエライター)

(日本公演名:旧「レニングラード国立バレエ」=現「ミハイロフスキー劇場バレエ」)
ミハイロフスキー劇場外観(筆者提供)