ミハイロフスキーの輝かしき至宝、アンジェリーナ・ヴォロンツォーワ

2021年10月に開催する「Ballet Muses-バレエの美神2021-」に出演するアンジェリーナ・ヴォロンツォーワは、今ミハイロフスキー劇場バレエの公演で最も多くの主役を任され、劇場の看板バレリーナとして活躍を続けるダンサーです。

今回は、新体操に夢中になった子供時代から、バレリーナとして活躍する現在までを振り返りながら、人生において大きな選択を迫られた時に心がけてきたことや、偉大なダンサーで教師でもあるニコライ・ツィスカリーゼから学んだことなどをインタビューでご紹介します。



1.アンジェリーナ・ヴォロンツォーワとは

ロシア南西部のヴォロネジ出身。2003年~2008年ロシア国立ヴォロネジ・バレエ学校に学び、2008年モスクワ国立バレエ・アカデミー(ボリショイ・バレエ学校)に編入します。2009年にボリショイ・バレエに入団し、ニコライ・ツィスカリーゼがリハーサル教師と最初のパートナーを務めました。2013年にミハイロフスキー劇場バレエに入団。『ジゼル』、『白鳥の湖』、『バヤデルカ』、『ドン・キホーテ』、『海賊』、『ローレンシア』、『パリの炎』、『ラ・フィーユ・マル・ガルテ』、『眠りの森の美女』、『くるみ割り人形』、『ロミオとジュリエット』、『プレリュード』、『ホワイト・ダークネス』、『シンデレラ』、『スパルタクス』等で主演する、ミハイロフスキー劇場バレエを代表するバレリーナです。

2.ヴォロネジでの子供時代~バレエ学校時代

―ヴォロンツォーワさんは、よく「純粋なペテルブルグ・バレリーナ」と呼ばれていますが、ご出身はペテルブルグではなく、ヴォロネジですよね。そこで新体操をされて、そのあとバレエに移られた。バレエを始めたきっかけと、子供時代の思い出について教えてください。

実は、以前は「モスクワ・バレリーナ」と呼ばれていました。今はそれぞれの良いところを習得できたと思っています。モスクワのダイナミックさや、エモーショナルな部分、ペテルブルグの洗練されたラインや、正確なポジション、アン・ドゥオールなど・・・。でも「ペテルブルグ・バレリーナ」と呼んでもらえるのは嬉しいです。ペテルブルグは大好きな街です。バレエの重要な伝統が根付いた街でもあります。

新体操は5歳で始めて、本当に大好きでした。昼夜夢中で取り組み、ロシア代表にも選ばれたこともありました。しかし11歳の時、スポーツ選手にとっての分かれ道になる年齢ですが、スポーツのプロとしての道を選ぶか、そうでない道かを決めなくてはいけませんでした。トレーナーからも大きなプレッシャーをかけられて、とてもつらい思いをしました。スポーツはそこでやめて、半年間何もせず、学力まで落ちてしまいました。でも母が私には能力があるとみて、バレエ学校の3年生に編入させました。

私の子供時代は、そんなわけで、新体操漬けでした。毎日7、8時間練習して・・・フランス語を勉強する学校にも通っていて成績も良かったのですが、フランス語は忘れてしまいました。

新体操をしていた幼少期

―バレエ学校に入るのも、プロの道という大きな選択だったと思います。

そうですね、でも新体操からバレエはよくあることです。それからバレエ学校はすべてが気に入ったんです。全面的な成長がありました。キャラクター舞踊や歴史舞踊、バレエ史、音楽史などを学び、どれも面白かったです。スポーツはトレーニングだけですけど。こうしてバレエに完全に恋をしてしまったのです。

―それでヴォロネジの学校から、コンクール「アラベスク」で一位受賞後モスクワ国立バレエ・アカデミー(ボリショイ・バレエ学校)に編入されましたね。どんな生徒でしたか?どんな嬉しかったこと、逆に悔しかったことがありましたか?

がんばりやさんだったと思います。嬉しかったことしか覚えていません。一番の喜びは、大人に混ざって『くるみ割り人形』のような公演に出ることでした。モスクワに移った後は、卒業公演や、コンクールの公演が良い思い出です。

3.ボリショイ・バレエに入団

―卒業後はボリショイ・バレエに入団されて、ニコライ・ツィスカリーゼさんがリハーサル教師になったんですよね。リハーサルはどうでしたか?

そうです、でも最初はレッスンを受けたんです。不思議なことでした。ツィスカリーゼ先生は男性で、私は女の子ですし。上層部が、舞台でも一緒に踊り、リハーサルも一緒にするように決めたんです。こうなって本当に良かったと思っています。でも、レッスンでは本当に怖かったのを覚えています。いくつかのパ(ステップ)の後はすでに全身汗だくでした。私はまだ卒業したばかりで、紫色のレオタードに、薄いスカートという格好で・・・ダンサーたちが黒いTシャツだとかパンツ、レッグウォーマー姿の中で、とても目立って、怖くて、不安で。頑張りました。とても厳しい先生でした。

ニコライ・ツィスカリーゼと 

―ツィスカリーゼさんは、「アンジェリーナは勿論今でも愛弟子ですが、今では同僚でもある」と言っているそうですが・・・

私にとって彼は先生のままで、先生はやはり教え子として私に接しています。勿論私も成長しましたが、先生は優れた教師で、細かいことにもよく気が付き、注意するのもお好きなので、師弟関係は変わらないままですよ。もちろん、私に経験や知識があるということや様々な役を踊ってきたということはご存知ですが・・・。

―リハーサルの他どんなことが記憶に残っていますか?

やはり先生との公演です。リハーサルは大変で綿密で、先生はいつも最大限に力を出すことを求めました。それは正しいことですし、劇場での最初の数年間で、このような鍛錬を受けられてよかったです。どんなふうにリハーサルをしなければならないかを理解できたからです。今は月に7~10程の主演公演を抱えていますが、リハーサルでどのように力を分散するべきか、どこで力を抜くかよくわかります。17歳の若いアーティストが入団したばかりの段階では、どうすべきかわかりません。ツィスカリーゼ先生が、リハーサルがどうあるべきか、何を目指すべきかの指標を与えてくれたことは財産です。

4.ミハイロフスキー劇場バレエに移籍し活躍

―その後、ミハイル・メッセレルさん(現ミハイロフスキー劇場バレエマスター)によりミハイロフスキー劇場に招かれたんですね。どんな演目、役がお好きですか?その理由も併せておしえてください。

メッセレル版『シンデレラ』が大好きです。おとぎ話で、物語そのものも好きですし、とても美しい振付です。ドゥアト版『バヤデルカ』も古典とは少し違いますが美しく、衣装も装置も素敵です。そしてもちろん『白鳥の湖』です、これなしには語れません。バレリーナにとって最難関の作品で、踊りながら毎回一段階上に上っているのを感じます。踊りながら「成長する」バレエです。あとはドゥアト版『ロミオとジュリエット』も。ロマンティックで、プロコフィエフの音楽も好きです。好きな作品はたくさんあります。

―ミハイロフスキー劇場バレエに入団した当初は、モスクワとペテルブルグのバレエの違いを感じたことはありましたか?

まずボリショイ劇場はとても舞台が大きく、その空間を占めなければなりません。したがって、細部に気を配るというよりも、大きく踊ります。腕の動きも、歩幅も大きくなります。ミハイロフスキー劇場は舞台が小さく、一つ一つの足取りも手に取るようによく見えます。なので、ここではより動きの綿密さに注意が注がれます。

リハーサル教師のジャンナ・アユポワ先生やエルビラ・ハビブリナ先生たちは背中に大きな注意を払います。常に背が真っ直ぐのびているのがペテルブルグ・スタイルです。モスクワはここまで注意が払われることはありません。あとは、ポジションの正確さです。モスクワは動きの大きさとテクニカルな面に重きが置かれます。理想は、どちらのよいところもあわせることです。私はそれを目指しています。

―ミハイロフスキー劇場バレエに入団して8年目を迎えられていますが、ご自身で感じる変化はありますか?

たくさんの変化がありました。多くの演目を頻繁に踊ることはバレリーナにとって大変重要だと思います。半年に一度などたまにしか踊らないのでは、舞台や観客を完全に感じることはできませんし、踊ることが怖くなってしまいます。たくさんの演目がある場合、様々な人物像を表現することが出来るようになります。舞台上の勇敢さのようなもの、でしょうか。テクニックのことよりも、感情表現や人物描写に集中できるようになります。これも大事なことです。

それから私のレパートリーは多面的で、『ローレンシア』や『バヤデルカ』なども踊ります。これは世界中でも大変珍しいと思います。マリインスキー・バレエのように、リリカルなタイプならそういった役を踊るというような住み分けがされているのが普通です。メッセレルさんが、入団したばかりの時、私は様々な役柄を踊れるダンサーだと言ってくれました。それは大いに支えになりました。私のミハイロフスキーでの最初の役は『パリの炎』を除けばキトリとローレンシアで、感情面がとても難しい役でした。というのも、自分らしさをその役の中に見出すことが出来なかったからです。『くるみ割り人形』のマーシャやオーロラ姫の方が合っていると思っていました。メッセレルさんや先生方のおかげで役作りが出来ました。作品一つ一つで、それぞれの登場人物を生きなければなりません。「ヴォロンツォーワが踊っている」のではなくて、キトリがいて、ローレンシアがいるのです。様々な人物像があると言ってもらえるのは嬉しいです。

メッセレルが復刻演出した「ローレンシア」

―役作りは、先生方とのリハーサル以外ではどんなことが助けになっていますか?

新しい役に入る前に、様々なダンサーの映像をたくさん見て、自分の良いと思った部分を取り入れます。でも、私はガリーナ・ウラーノワが言った言葉を心に留めるようにしています。ツィスカリーゼ先生に言った言葉ですが、「まねることを恐れないでください。まねたとしても、結局違うものが生まれるものです」。このことも手助けになっています。それから、何度も踊ればそれだけ役が自分の中で生きて、調和を感じることが出来ます。それと、実は、よい衣装と髪型、メイクもとても重要です。ある意味変身するわけです。鏡に映るキトリの自分を見つめて、「私はキトリ!」と思うことも。

―これまでのキャリアで何度も大きな、時には困難な選択をされてきました。自分を見失わずに正しい道を選んでこられたのはなぜだと思いますか?

両親の教育だと思います。誠実さと尊厳を教わりました。それから私は一教え子として先生にいつも従ってきました。私は不誠実であることができません。何かが起きたとき、そこで間違ったことをすれば、まず良心が痛みます。そんな風に生きることができないのです。そういう行いは、結局踊りに出てしまいます。舞台上で誠実に見えなければ、観客に感情を届けることもできないと思います。舞台上でダンサーはむきだしになります。自分に正直でない人は、観客にも正直ではないのです。

―ありがとうございました。

インタビュー・文/梶彩子(バレエ研究者)
写真/アンジェリーナ・ヴォロンツォーワ提供


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【2021年10月開催】
「Ballet Muses-バレエの美神2021-」

▼公演の詳細情報はこちら https://www.koransha.com/ballet/muses/

1992年~96年開催の「オールスター・バレエ・ガラ」に続き、1999年から開催した「バレエの美神(ミューズ)」は、プリセツカヤ、P.デュポン、ルジマトフ、セメニヤカ、ラトマンスキー、イレール、ゲラン、ピエトラガラ、ヴィシニョーワ、ザハーロワ、マトヴィエンコほか、時代を象徴する錚々たるダンサーが出演して話題を集めました。
その伝説の舞台が、15年ぶりに復活!今回は世界各国のバレエ団から、“今”観ておきたい旬のダンサーや飛躍を続ける若手ダンサーたちが出演します。

アリョーナ・コワリョーワ(ボリショイ・バレエ)
エレオノーラ・セヴェナルド(ボリショイ・バレエ)
倉永 美沙(サンフランシスコ・バレエ)
アンジェリーナ・ヴォロンツォーワ(ミハイロフスキー劇場バレエ)
ナターシャ・マイヤー(イングリッシュ・ナショナル・バレエ)
デニス・ドミトリエフ(モスクワ音楽劇場バレエ)
デニス・ロヂキン(ボリショイ・バレエ)
アンジェロ・グレコ(サンフランシスコ・バレエ)
ヤコブ・フェイフェルリック(オランダ国立バレエ)  ほか

<Aプログラム>
「ライモンダ」よりアダージョ
「白鳥の湖」より黒鳥のパ・ド・ドゥ
「スパルタクス」よりパ・ド・ドゥ
「眠りの森の美女」よりパ・ド・ドゥ
「ハーモニー」より
「ジゼル」よりパ・ド・ドゥ
「ウィズアウト・ワーズ」より
「ドン・キホーテ」よりグラン・パ・ド・ドゥ
「シルヴィア」よりパ・ド・ドゥ
「ルミナス」
「幻想舞踏会」より
「タリスマンのパ・ド・ドゥ」

<Bプログラム>
「ライモンダ」よりアダージョ
「グラン・パ・クラシック」
「スパルタクス」よりパ・ド・ドゥ
「ドン・キホーテ」よりグラン・パ・ド・ドゥ
「ハーモニー」より
「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」
「ウィズアウト・ワーズ」より
「海賊」よりパ・ド・ドゥ
「シルヴィア」よりパ・ド・ドゥ
「オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト」
「幻想舞踏会」より
「くるみ割り人形」よりパ・ド・ドゥ

日程:2021年10月9日(土)~10月11日(月)
会場:東京国際フォーラムホールC、東大阪市文化創造館