児童文学作家の小川雅子さんに聞く「いつからでも遅くない ~バレエのある日常の輝き~」

劇場に出掛けて舞台を楽しむことは素晴らしい体験として心に残り、次の舞台の期待へと繋がっていきます。このコラムシリーズでは、舞台に関係する方や舞台鑑賞が好きな方たちに幅広くご登場いただいて、それぞれの視点からはじめて鑑賞した時の心躍る体験や、バレエやオペラ、オーケストラなどの舞台鑑賞にハマったきっかけとその魅力、心に残った光藍社の公演などを紹介していただきます。皆様が「舞台鑑賞って楽しそう」と感じたり、「また鑑賞を楽しみたい!」とご自身の鑑賞体験を思い出して、劇場に足を運び舞台をご覧いただくきっかけとなりましたら幸甚です。


第5回目は、児童文学作家の小川雅子さんに寄稿していただきました。バレエを「自分とは縁のないもの」と思っていた小川さんが、舞台を見て涙が溢れたその答えを知りたいと、とった行動とは?また、バレエをモチーフにした文学作品の紹介や、劇場で味わったバレエの醍醐味を語ってくれます。


新たな世界の広がり ~涙が溢れた理由を求めて~

●バレエとの出会いは五十代

私がバレエに出会ったのは三年前、五十二歳のときでした。それまでバレエといえば、「自分とは縁のないもの」「かけ離れた世界のもの」という認識しかなく、自分の生活に「バレエ」が入り込む可能性すら、考えたことはありませんでした。それが、知人から「チケットがあるよ」と声をかけられ、「せっかくの機会だから」と軽い気持ちで出かけたのが始まりでした。

幕が開き、ダンサーたちが静かに動き出した瞬間の心をわしづかみされたような感覚を今も忘れることができません。まだ物語が始まったばかりなのに、その美しさに圧倒され、どうしてなのか涙がこぼれたのです。ショパンの調べとともに、青白い月に照らされた森の中に現れたロマンティック・チュチュ姿の精霊たち。演目は『レ・シルフィード』、バレエブラン(白のバレエ)という言葉さえ知らない頃です。2018年8月29日、静岡市民文化会館で行われた『華麗なるクラシックバレエ・ハイライト~ロシア4大バレエ劇場の競演~』のことでした。

華麗なるクラシックバレエ・ハイライト~ロシア4大バレエ劇場の競演~「レ・シルフィード」

●バレエを習い始める

(どうして私は泣いたのだろう……)自分がなぜ涙するほど心揺さぶられたのか、その理由を知りたいと思いました。読書好きな私ですから、まずは図書館で「バレエ」と名の付く本を片っ端から借り、その答えを探そうとしました。そこで「大人からバレエを習い始める人が増えている」ことを知り、私はさっそくバレエスタジオに向かいました。「この年で」とか「私には無理」など、後ろ向きな気持ちは全く起こりませんでした。とにかく「知りたい」、そのためには「やってみるのが一番」と思い込んでいたのです。

あれから二年半。レッスンに通ううちに、バレエ特有の体の使い方がいかに日々の努力の積み重ねの上にあるのかを知りました。実際、優雅なステップどころか、「正しく立つ」ことだけでとても難しいのです。精霊たちの重力を感じさせない動きの裏側に、どれほどの鍛錬があるのかを垣間見る思いでした。

「三十二回転のグランフェッテ」のように、見た目も華やかで「すごい!」とすぐわかるものもあれば、動き自体は地味だけれど、実はものすごい筋力とバランス力がいるものもあります。そうしたことがわかると、さらにバレエを観る楽しさが広がりました。今まさに、「観て楽しい」「踊って楽しい」「読んで楽しい」「着て楽しい」の四つの楽しみを満喫しているところです。

●劇場でバレエを観る醍醐味

バレエが生活に様々な楽しみを与えてくれる一方、実際に劇場に足を運ぶことは、日常の中に非日常が入り込む一大イベントです。2020年には「頑張って働いているご褒美に」と自分で言い訳をしながら、三か月間で4公演も行ってしまいました。公演ごとに様々な感動があり、まさに「待ち焦がれる」という気持ちでその日を待つのです。

バレエはダンサーの踊りだけでなく、舞台美術、照明、衣装、音楽、演劇、文学など総合芸術です。それを実感したのは2019年11月24日に東京文化会館で行われたミハイロフスキー劇場バレエの『眠りの森の美女』でした。第三幕、結婚式の場面で、オーロラ役のアナスタシア・ソボレワが美しい布の下をくぐり、階段を駆け上がってデジレ王子のもとに行ったとき、その布の端が髪に止められました。「えっ、何が起こるの?」と思った瞬間、オーロラ姫が振り向き、布は美しいウエディングベールに変わりました。舞台全体が光に満ちた世界でした。と同時に、ファルフ・ルジマトフ演じるカラボスの「黒」「闇」のイメージも超然と美しく、ルジマトフが手をすっと上げるだけで目が釘付けになる、という圧倒的な存在感も体感することができました。

人間の体の美しさに魅入ったのは、2020年2月8日『アリーナ・コジョカル ドリーム・プロジェクト2020』での『モノ・リサ』でした。フリーデマン・フォーゲルの鍛え抜かれた体が躍動するさまは、見る者の心を奪い、その動きを創り上げているのは人間の体なのだというシンプルさに思い至ったとき、芸術に向かう人間という生き物の崇高さを感じました。

そして、2020年3月8日、東京文化会館でのパリ・オペラ座バレエ団公演。コロナ禍で様々な公演が中止されはじめる中、ギリギリの開催、奇跡のような舞台でした。演目は世界のダンサーが踊ることを夢見る、ジョン・クランコの『オネーギン』。オネーギン役にマチュー・ガニオ、タチヤーナにはアマンディーヌ・アルビッソン。人間の心の内面を、体の動きと表情だけでこれほどまでに表現できるのかと、物語にただただ引き込まれました。オネーギンのすさまじい孤独と悲しみ、タチヤーナの激しい感情に揺さぶられながらも決然と拒み続ける姿。チャイコフスキーの音楽とともに、オネーギンとタチヤーナの感情が私の中に入り込み、涙がとめどもなく流れました。幕が下り、現実に戻ったとき、劇場が一つになっていました。マスクをつけ、「ブラボー」もなしの公演。言葉のかわりに観客は立ち上がり、万感の拍手。静かで熱いスタンディングオベーションでした。コロナ禍の公演開催に尽力されたすべての方に感謝し、「観客」としてその場にいられた幸せをかみしめました。

ミハイロフスキー劇場バレエ「眠りの森の美女」 (左)ソボレワのオーロラ姫 (右)ルジマトフのカラボス

●バレエと文学

バレエと読書が好きな私ですから、文学の世界でバレエがどう描かれているのかにも興味があります。バレエをモチーフにした作品は、今も生まれ続けています。『蜜蜂と遠雷』で直木賞と本屋大賞をW受賞した恩田陸は、バレエ小説『spring』の連載を始めました。伊吹有喜の『カンパニー』は、宝塚歌劇の舞台化に続き、NHKプレミアムドラマに。そして児童文学の世界でも、安房直子の『うさぎのくれたバレエシューズ』、ルーマー・ゴッデンの『バレエダンサー』『トウシューズ』はロングセラーとして読み継がれ、『エトワール!』(梅田みか著)は講談社青い鳥文庫でシリーズ化され、2021年1月現在8巻まで出版されています。

私自身、バレエに出会ったころに書き始めた物語がポプラ社の児童文学賞「第9回ポプラズッコケ文学新人賞」大賞を受賞し、『ライラックのワンピース』でデビューしました。文学は言葉のみで表現するものであり、バレエは言葉のない芸術です。対極にあるようでいて、でも最近思うのは、どちらも送り手と受け手の思いの交感があってはじめて存在するものではないかということです。本を出版し、読者の方から「物語のエピソードと自分の記憶がリンクして、大切な思い出が甦りました」といった感想をいただく中で、本とは作者が書き終えて終わりではなく、読まれて「命が宿る」のかもしれないと思ったのです。だとしたら、バレエも観客の前で踊り、思いの交感があってはじめて命が吹き込まれるものではないだろうか、そんなふうに考えたのです。それぞれの思いが舞台を通じて交錯する、その命の躍動する一期一会こそ、劇場でバレエを観る醍醐味なのだと。

●一生かけて追い求めたい

バレエを観てなぜ涙が溢れたのか、まだその理由はわかりません。でもそれは、私が一生かけて探していくものなのかもしれません。バレエに出会い、私の世界は広がりました。「トウシューズをはいて踊りたい」という新たな目標もできました。そしていつの日か、バレエの物語を書いてみたいとひそかな野望も抱いています。「子どもの頃からバレエを習う」という王道を進めなかった自分だからこそ書ける物語が、きっとあるはずですから。

私のバレエ人生ははじまったばかり。今はDVDや動画の視聴を楽しんでいますが、多くの喜びをもたらしてくれるバレエ公演に、一日も早く足を運べる日が来ることを願わずにはいられません。涙が溢れたその答えは、きっと劇場にあるはずですから。

小川雅子(児童文学作家)

(左)キエフ・バレエ「白鳥の湖」
(右)2020年1月キエフ・バレエ静岡公演後フィリピエワと共に(フィリピエワの左隣が筆者) 筆者提供