ピアニストの木曽真奈美さんに聞く「ロシア音楽の魅力 ~チャイコフスキーへの想い~」

劇場に出掛けて舞台を楽しむことは素晴らしい体験として心に残り、次の舞台の期待へと繋がっていきます。このコラムシリーズでは、舞台に関係する方や舞台鑑賞が好きな方たちに幅広くご登場いただいて、それぞれの視点からはじめて鑑賞した時の心躍る体験や、バレエやオペラ、オーケストラなどの舞台鑑賞にハマったきっかけとその魅力、心に残った光藍社の公演などを紹介していただきます。皆様が「舞台鑑賞って楽しそう」と感じたり、「また鑑賞を楽しみたい!」とご自身の鑑賞体験を思い出して、劇場に足を運び舞台をご覧いただくきっかけとなりましたら幸甚です。


第8回目は、ピアニストの木曽真奈美さんの登場です。ロシア音楽に強く惹かれる木曽さんのチャイコフスキーへの想いや、ロシアを訪れた時に感じた作曲家たちとの魂の触れ合い、ロシアのオーケストラと共演してラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏した時のことなどを語ってくれます。


素晴らしきロシア音楽への誘い

●ロシア音楽との出会い 〜チャイコフスキーへの感謝〜
ピアノを習い始めたのは6歳でしたが、2歳の時からバレエを習っており、家ではチャイコフスキーの「くるみ割り人形」や「白鳥の湖」などがいつも流れ、よく姉やお友達たちと音楽に合わせて踊って遊んでいました。人生初めての舞台鑑賞も、幼少時の「キエフ・バレエ」岐阜公演でした。その幻想的な世界に「何かすごいもの、特別なものをみた!」という衝撃を受けたことを覚えています。そんな環境で育ったせいでしょうか。ロシアの音楽に触れると、魂が奥底から呼び覚まされ胸になにか熱いものが流れます。そして、ロシアに行くと故郷に帰ったような懐かしさと喜びを感じるのです。

東京芸術大学でピアノを学んだ時代は、「練習の妨げになる」ため、テレビもない生活でした。その頃の私は、音楽に対する偉大な壁にぶちあたっており、毎日が絶望と背中合わせで、今振り返ると異常なほどの緊張感とプレッシャーに押し潰されそうになっていたのです。そんな毎日は、ひたすらチャイコフスキーの交響曲を聴いて過ごしていました。それは、音楽から言葉を超えた力強いメッセージが聞こえ、心が救われたからなのです。

チャイコフスキー(1840-1893)

例えば、交響曲第5番の終楽章からは「どんな暗闇からも輝かしい光の世界にいける」という希望を感じ背中を押されていましたし、第6番「悲愴」は・・・まさに自分の苦悩そのものをチャイコフスキーが音で表現してくれているようで「チャイコフスキーよ、あなただけが私の気持ちを分かってくれる」と、膝に頭を埋め丸まって聴いていました。他にも、ラフマニノフ、ショスタコーヴィチ、ストラヴィンスキーなど、ロシアのオーケストラ曲のもつ、壮大な大地の底から湧き上がるようなエネルギーから、日々生きる力をもらっていました。

『音楽には人の心を救う力がある』

ロシア音楽がなければ、今の私はありません。

チャイコフスキーの家 (写真:筆者提供)

作曲家の魂に会いに 〜ムソルグスキー、ラフマニノフ、チャイコフスキー〜
曲を演奏するにあたって「曲の背景を知りたい!」と、ほぼ毎年ロシアを訪れ、空気を吸い、作曲家のゆかりの地を訪ねています。ムソルグスキーが作曲した「展覧会の絵」をライフワークとしている私は、彼の生誕地を個人としては日本人で初めて訪れ、自筆譜や、元となった画家の絵を図書館で見せて頂くなどし、曲の解釈や理解が変わりました。

また、ラフマニノフが曲を書くために訪れていたモスクワから約500km離れた別荘にも、何度か訪れています。そこに向かうまでの、どこまでもずっと変わらない果てしなく広がる大地の雄大な風景は、まさに交響曲第2番第3楽章の、あの甘美なメロディーそのものなのです!5月に訪れた時には、彼が愛していたライラックの花が家を取り囲むように一斉に咲き誇り、辺り一面良い香りがしていました。ラフマニノフの切なく美しい旋律を「ライラック色」と感じるのは私だけでしょうか。

そして、モスクワから約90km離れたクリンにある、国立チャイコフスキーの家博物館。チャイコフスキーが晩年住んでいた家が、当時のまま保存されています。曲を書いていた机、ベッド、本棚、ドレッサー・・・まるでそこだけ時が止まっているかのようで、今にもチャイコフスキーがドアを開け、「ただいま」と帰ってくる気がする特別な場所です。

そこには、光輝く広いお庭があり、色とりどりのお花が咲き小鳥が歌っています。チャイコフスキーはロシアの自然が大好きで、作曲机(数々の大曲が生まれたとは想像できないほど小さな木の机)も窓を向いて置いてあり、お気に入りの自然を見ながらあの名作を書いていたのです。ステキな香水瓶やスリッパが並んでいたりと、とてもオシャレな人であったことも分かりました。

チャイコフスキーの作曲机 (写真:筆者提供)

そこで見た交響曲「悲愴」の自筆譜は、まさに「狂気の沙汰」とも言えるすさまじい筆跡!救われない苦しみの中で必死に一縷の光へ手を伸ばすチャイコフスキーの姿がみえ、現在も世界中の人々に希望を与え続けるこの曲の奥に潜む彼の苦悩の叫びが聞こえ、背筋が凍りました。

チャイコフスキーの家では、日本人で初めて彼自身が愛用していたピアノでコンサートをさせて頂きました。すると途中から「自分が弾いていない・・・⁈」と感じる不思議な感覚に陥りました。あれは、チャイコフスキーが降りてきた瞬間だったのでしょうか。その後そこで聴いた、弦楽四重奏曲の演奏会。そこでも、突如としてあたかもチャイコフスキーがよみがえったかのような感覚になり、胸に湧き上がる感情をこらえきれず、膝を落として号泣してしまいました。

私がロシアを訪れる一番の目的は、彼らが眠る墓地で偉大な魂を近くで感じ、感謝の気持ちを伝えることです。

チャイコフスキーの愛用したピアノでのコンサート (写真:筆者提供)

●思い出の公演 〜芸術に垣根はない〜
実は、私はバレエが大好き!光藍社さん主催のキエフ・バレエや、ミハイロフスキー劇場バレエの公演には必ず行っています。バレエは、目の前の舞台から放たれる別世界のエネルギーを目からも吸収できるうえに、オーケストラの演奏も聴けますから、全感覚が芸術的に開放されるのです!

また、光藍社さんの忘れられない公演のひとつが「信長-NOBUNAGA-」です。日本舞踊の藤間蘭黄さんオリジナル作品で、ロシアバレエ界の2人の異才ファルフ・ルジマトフさん岩田守弘さんが出演しました。蘭黄さんとは、ウクライナ国立歌劇場や、「展覧会の絵」のモチーフとなり実在する「キエフの大門」での記念公演で共演させて頂いたことがあります。「信長-NOBUNAGA-」の日本舞踊とバレエ、という東西の文化が融合した舞台では、まさに「芸術に垣根はない」ことを教えてもらいました。

「信長-NOBUNAGA-」公演

●ロシアのオーケストラの魅力
幸運なことに、サントリーホールで開催されたロシア・フィル来日公演で、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を共演させて頂きました。指揮は当時ボリショイ劇場の監督だったアレクサンドル・ヴェデルニコフ。(なんと彼は昨年秋、コロナ感染によって56歳の若さでこの世を去ってしまいました。とてもショックで悲しいニュースでした。)楽団員全員が温かく受け入れてくれ、演奏中も目が合うとウィンクしてくるところなども、ロシア人ならではでしたね。ピアノ協奏曲でもオケがかなり自由に好きに歌っていて、各人に主張がありました。

ラフマニノフの曲の中で最も人気の高いピアノ協奏曲第2番。私も初めて聴いた時に、一瞬で、この哀愁に満ちたロマンチックな曲に恋に落ちてしまいました!ただ実際に弾いてみると、とても難しく何度泣かされたことか・・・。ラフマニノフが極度のスランプから立ち直る転換点となったこの曲は、時代を超えて前向きなパワーをもらえます。

ロシアのオーケストラの特徴は、ロシアの大地に広がっていくような弦楽器のスケールの大きい伸びやかな歌い方。そして、大きく分厚い身体から放たれる金管楽器のド迫力といったら・・・!「ホールの天井がぬけるのでは?」と心配になるほどで、会場全体の波動がビリビリと揺れ動くのが分かります。そんな音のエネルギーを全身に浴びることは、何にも代え難い深い感動があります。

やはり舞台は、生の目で観て、耳で聴いてこそ真の感動が得られるものだと思います。

早く安心して舞台鑑賞ができる日を心待ちにしております。

木曽真奈美(ピアニスト)