フォトグラファーの井上ユミコさんに聞く「特別な一瞬を求めて」

劇場に出掛けて舞台を楽しむことは素晴らしい体験として心に残り、次の舞台の期待へと繋がっていきます。このコラムシリーズでは、舞台に関係する方や舞台鑑賞が好きな方たちに幅広くご登場いただいて、それぞれの視点からはじめて鑑賞した時の心躍る体験や、バレエやオペラ、オーケストラなどの舞台鑑賞にハマったきっかけとその魅力、心に残った光藍社の公演などを紹介していただきます。皆様が「舞台鑑賞って楽しそう」と感じたり、「また鑑賞を楽しみたい!」とご自身の鑑賞体験を思い出して、劇場に足を運び舞台をご覧いただくきっかけとなりましたら幸甚です。


第3回目は、フォトグラファーの井上ユミコさんに伺いました。取材で出会ったバレエの世界に衝撃を受けて、ダンスのWEBマガジンを主宰している井上さん。隅々まで鍛え上げられた肉体と優雅な力強さを間近にして、バレエに感じていたイメージが全く変わり、特別な一瞬を求めて劇場に行くようになった過程を公開してくれます。


雷に打たれたような衝撃!優雅な力強さと肉体

私が初めてバレエを観たのは2017年の「エトワール・ガラ」だった。パリ・オペラ座バレエのエトワール達による豪華なガラ公演で、その数日前、VOGUE JAPANの取材でエトワール達のクラスレッスンに独占潜入し、写真を撮っていた。そのご縁で公演にご招待して頂いたのがきっかけだった。

それまではバレエを、ファンタジックで、メルヘンで、チュチュを着て爪先立ちの妖精のようなダンサー達がフワフワ踊っているものだと誤解していた私は、世界最高峰のダンサー達のクラスを間近で撮り、その隅々まで鍛え上げられた肉体と、優雅な力強さに、雷に打たれたような衝撃を受けたのは言うまでもない。今や私は、数多くの素晴らしいバレエダンサー達と撮影をし、ダンスウェブマガジン『Alexandre(アレクサンドル )』を主宰するようにまでなっているが、あの日、あのクラスレッスン撮影で受けた衝撃は、私の人生をスクラップ・アンド・ビルドしてしまったのだ。

しかし、私が自らチケットを買って劇場に行くようになったのはもうしばらく後だ。最初はバレエ公演のチケットの金額に足がすくんでいたし、そもそもバレエダンサーをほとんど知らなかったので、「バレエダンサーを撮影したい!」というフォトグラファーとしての漠然とした欲求はあっても、「この公演を観たい!」という具体的な欲望はなかった。観ても、2階席から美しいコールドバレエのフォーメーションを見ている方が楽しかった。そんな私がバレエ鑑賞にハマったきっかけを振り返るのに、バレエライターの森菜穂美さんの存在がある。森さんとは、VOGUE JAPANの『エトワール・ガラ』の取材で初めてご一緒し、その後LINEグループで繋がっていた。彼女はバレエについてなんでも知っていた。1聞けば100返ってくる知の宝庫だった。LINEグループのタイムラインはバレエの2チャンネルと言っても過言ではないほど、ネット上でも見つけられないような楽しい情報が溢れ、バレエダンサー1人1人のキャラクターや歴史までも知ることができた。

同じ物語でも、詳しく愛のある人が語るとその物語は光り輝く。森さんは公演でお会いすることがあると、休憩時間にその演目やダンサーのことを面白おかしく解説してくれ、過去にテレビで放映された見るべきバレエ作品の数々をDVDに焼いて「宿題」と言って渡してくれた。私はそのDVDを観て、世界のバレエには古典だけではなく、様々な表現と表情があることを知っていくことになる。さらに彼女は、なんとなく私の興味を読み取り、ある日ハンブルグ・バレエ団の『ニジンスキー』(アレクサンドル・リアブコ主演)に出会わせてしまったのだ。私はこの公演に激しく感動し、その日の内に会場で2公演のS席を追加購入した。少しでもダンサーを間近で見たかったし、そして何度もこの芸術を浴びて、感動の理由を確かめたかったからだ。チケット代が高いとはまるで思わなかった。そこからだ、私がバレエ鑑賞にハマっていったのは。

ミハイロフスキー劇場バレエ「パリの炎」主演:J.マッケイ

昨年来日したミハイロフスキー劇場バレエの『パリの炎』(ジュリアン・マッケイ主演、光藍社)は、主人公フィリップを演じた新星ジュリアン・マッケイの気迫が、舞台全体を躍動させていた。当時S N Sで話題をさらっていた貴公子のように美しく、女の子達のアイドル的存在にも受け取れるジュリアンが、あんなに情熱的で激しいバレエを踊るとは!!美しい顔が鬼の形相になる様子に、驚きとともにぐいぐい引き込まれた。

そのダンサーの真のパフォーマンスとエネルギーはライブで観なくては分からない。そして舞台上では物語が踊られているが、その踊りにはダンサーの生き様や思想が詰まっていると思う。踊るダンサーによって、作品が様々な表情を見せるのはそのせいだろう。翌日私は『Alexandre』でジュリアンと撮影することになっており、撮影では前の晩『パリの炎』で観た彼の姿を投影した。激しく感情を剥き出し、美しい顔、美しいポジションを崩すことを厭わない、今この瞬間に身を投じて闘う若者の姿を。

Julian Mackay(筆者提供)

私はフォトグラファーで、カメラの前では何もかもが一度だけだ。写真はただ目の前にあるものを切り取るだけの行為ではあるが、シャッターを押した瞬間の感動は、物語をまとい反響し増幅する。人々が写真に惹きつけられるのは、その不思議な効果に魅力があるからではないかと思う。

私にとって、劇場でのバレエ鑑賞と写真は似ていると思う。劇場で心に刻まれた一瞬の感動やインスピレーションも、姿形を変えながら増幅し、自分を支え、形作っていく。自分の中で成長し続けるこの不思議な一瞬は、繰り返し再生できる動画では得られない、特別な一瞬である。これからも、この一瞬を求めて劇場に行くだろう。そして全身の毛穴を開いて、同時代に生きるダンサーの息吹を感じたいと思う。

井上ユミコ(フォトグラファー、Alexandre Magazineクリエイティブ・ディレクター)

Julian Mackay(筆者提供)