世界の名門バレエ団を特集!東欧のバレエ、さらにイギリス、ドイツ、イタリアの有名バレエ団を紹介 7-8月「バレエの妖精とプリンセス」来日公演記念。東ヨーロッパのバレエの歴史に触れる。

世界には数多くのバレエ団があります。中でも名門と呼ばれるバレエ団には、歴史的な背景や芸術監督にまつわる活動が称えられたり、それぞれの国ごとに特徴があります。
2024年7-8月に、ヨーロッパ名門バレエ団のソリストたちが来日して出演する、2つのタイトルの公演「バレエの妖精とプリンセス」「親子で楽しむ夏休みバレエまつり」が開催されます。この公演には、ドイツ、ハンガリー、ジョージア、スロバキア、イギリス、イタリアの各バレエ団からダンサーたちが出演予定です。また、2024年12月には「ジョージア国立バレエ」の公演が予定されています。今回は東欧のバレエを中心とした名門バレエ団についてご紹介します。

1. 東ヨーロッパのバレエ団について

 「東欧のバレエ」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。西欧と違い、彼の地のバレエ団が来日する機会は極めて限られることもあって、想像し難いかもしれない。それに、国・地域によって民族的、政治的、経済的な背景は一様ではない。バレエに関しても、それらと関わり合うので、一言では表せない面はある。  
 東欧のバレエは、ルネサンス期にバレエが生まれ育った西欧(イタリア、フランスなど)と、その後クラシック・バレエの様式が確立されたロシアの影響をそれぞれ強く受けて発展してきた地域である。ここでは、より中央アジア寄りのジョージアも扱うが、旧ソ連から独立した国々を含め、冷戦が終わり21世紀になって国際的な相互交流の機会がますます増えてきた。独特な地域性によって育まれてきた個性と、近年の新たな流れが折り重なって生み出される東欧のバレエに注目したい。

 ジョージア国立バレエ

 ヨーロッパの東端に位置するジョージア(旧称:グルジア共和国)は、コーカサス山脈と黒海に挟まれている。国土面積は6万9,700平方キロメートル(日本の約5分の1)で、人口は370万人(2023年:国連人口基金)。その首都トビリシのトビリシ国立歌劇場を拠点に活動するジョージア国立バレエは、1945 年にイリコ・スヒシビリとニノ・ラミシュビリによって設立された。
 ジョージアはバレエの巨匠たちと縁深い国である。名匠ジョージ・バランシン(1904-1983)は帝政ロシアのサンクトペテルブルク生まれだがグルジア人家庭出身で、父と弟はグルジアの音楽家だった。『ローレンシア』などを振り付けしたヴァフタング・チャブキアーニ(1910-1992)もジョージア出身である。そうした背景を持つジョージアの国立バレエ団は、長きにわたって海外ツアーも行い、国を代表する芸術団体として活躍してきた。
 2004年、同国出身の世界的バレリーナであるニーナ・アナニアシヴィリが芸術監督に就任した。大統領じきじきの指名によるもので、バレエの古豪国の名門復活を託されたのである。アナニアシヴィリは、ロシアのボリショイ・バレエ時代に組んだ名パートナーで現在は振付家として活躍するアレクセイ・ファジェーチェフを招いて『ドン・キホーテ』や『白鳥の湖』を制作したほか全幕作品を充実させた。と同時に、イリ・キリアン、アレクセイ・ラトマンスキー、ユーリー・ポソホフ、スタントン・ウェルチらの創作を上演し、レパートリーを拡大している。前記したように、ジョージアに縁のあるバランシン作品そしてチャブキアーニ作品も大事な演目である。  
 日本人団員も採用され、現在リーディングソリスト(最高位)の細谷海斗ら6名が在籍している。なお、アナニアシヴィリ率いるグルジア国立バレエ(旧称)の日本公演は2007年、2010年、2012年に行われた。

<バレエ団データ>
State Ballet of Georgia
拠点:トビリシ
創立:1945年
芸術監督:ニーナ・アナニアシヴィリ
劇場:トビリシ国立歌劇場
規模:全ダンサー約77名(ゲスト除く) リーディングソリスト約8名、ソリスト約11名ほか

 ハンガリー国立バレエ

 中央ヨーロッパの広大な平原上に位置するハンガリー共和国。国土面積は約9.3万平方キロメートル(日本の約4分の1)で、人口は約960万人(2022年:中央統計局)。ハンガリー国立バレエは国立歌劇場のオープンとともに設立され長い歴史を誇る東欧屈指の名門である。中東欧という地理的条件から、古くはイタリアなどから、19世紀後半以降はロシアからの影響を受けて発展してきた。
 ハンガリー唯一のクラシカルなバレエ団であることを掲げており、古典バレエから現代作品まで豊富なプロダクションを導入し、世界水準のクオリティを目指している(公式サイトより)。芸術監督はタマシュ・ソリモシ。  日本人の団員も少なくない。2013年には中村祥子がベルリン国立バレエ団から移籍し、ジョン・クランコ振付『オネーギン』の主役タチアーナ、ケネス・マクミラン振付『マノン』のタイトルロールなどを踊った。現在、高森美結、若林侑希、清田元海らが在籍。

<バレエ団データ>
Hungarian National Ballet
拠点:ブダペスト
創立:1884年
芸術監督:タマシュ・ソリモシ
劇場:ハンガリー国立歌劇場
規模:全ダンサー約115名(ゲスト除く) プリンシパル約7名、ファーストソリスト約3名、ソリスト約11名ほか

 スロバキア国立バレエ

 スロバキアは中央ヨーロッパの共和国。国土面積は49,037平方キロメートル(日本の約7分の1)で、人口は543万人(2022年:スロバキア統計局)。スロバキア国立バレエは、1920年、スロバキア国立劇場開場とともに設立され、ドリーブの音楽による『コッペリア』とドヴォルザーク作曲の『スラブ舞曲』が最初のプログラムだった。
 バレエの演目はフヴイエズドスラボボ広場にある歴史的な建造物である劇場で披露されていたが、現在は2007年にオープンした新館で上演されている。オペラ部門との共催によるフェスティバル「Eurokontext.sk」を隔年で行っている。芸術監督をウィーン国立バレエ団で活躍した名花ニーナ・ポラコワが務めている。  
 国際色豊かなカンパニーであり、団員の国籍は15か国におよぶ。日本出身者では、ファーストソリスト(最高位)として活躍する上中えりな、ソリストの佐藤玲緒奈、三浦のぞみらが在籍し主翼を担っている。

<バレエ団データ>
the Ballet of the Slovak National Theatre
拠点場所:ブラチスラヴァ
創立:1920年
芸術監督:ニーナ・ポラコワ
劇場:スロバキア国立劇場
規模:全ダンサー約72名(ゲスト除く) ファーストソリスト約8名、ソリスト約10名ほか (2024年劇場HPより)

2.東欧のバレエの歴史

 バレエはルネサンス期のイタリアが発祥と言われ、フランスで宮廷バレエとして栄えたのち劇場芸術へと発展していく。19世紀前半に流行したロマンティック・バレエを経て、19世紀後半にロシアでクラシック・バレエとして様式化される。そうした流れを大枠で見ると、西欧、デンマークなどを含む北欧、ロシアというふうに伝播しているように見えるが、ヨーロッパ、ロシアは地続きなので、当然ながら東欧とも交流はある。  

 ハンガリーやチェコ、スロバキアといった中東欧は、地理的にも文化的にも西欧との接点が強くなる。たとえば、ハンガリー国立バレエは、設立当初からイタリアとの関係が深く、20世紀半ばくらいまでイタリアのバレエ教育の影響を受けた。20世紀の後半になると、ロシアのメソッドが入り、海外の振付家を招聘するようになった。今回取り上げたジョージアを含む旧ソ連の加盟国は、独自の民族舞踊なども盛んであるが、ロシアのバレエ教育の影響が大きいということは想像に難くない。

 それから、ブルガリアのヴァルナにおいて1964年以降、ほぼ隔年でヴァルナ国際バレエコンクールが行われていることも興味深い。ブルガリア文化省の肝いりで催されるが、世界の有名バレエコンクールのなかでも最も歴史が古く、ここでの受賞者は、ミハイル・バリシニコフ、森下洋子、ニーナ・アナニアシヴィリ、シルヴィ・ギエムら世界的スターが多く、権威の高いコンクールである。東西冷戦中も持続的に開催されていたことにあらためて驚く。

 旧ロシア圏を含めた東欧には、優れた国立のバレエ学校が多く、日本からの留学生も少なくない。現在のトップ・バレリーナの一人であるアリーナ・コジョカルは、地元ルーマニアでバレエを始め、ウクライナのキエフ国立バレエ学校(旧称)で学び、ローザンヌ国際バレエコンクールの奨学金を得て英国のロイヤル・バレエ・スクールに移った。ロシアや西欧だけでなく、東欧のバレエ学校出身者にも優れた人は少なくない。

ニーナ・アナニアシヴィリ
アリーナ・コジョカル

 近年は、ジョージア国立バレエのニーナ・アナニアシヴィリやスロバキア国立バレエのニーナ・ポラコワ、それにチェコ国立バレエのフィリップ・バランキエヴィッチのように、世界の檜舞台で踊った経験を持つダンサーが祖国に戻って芸術監督を務め、バレエ団のレパートリーの幅が広がるようになっている。アナニアシヴィリは旧ソ連時代からボリショイ・バレエで踊っていたが、のちにアメリカン・バレエ・シアター(ABT)にも出演するようになり、そうしたキャリアを活かし増やしたレパートリーをジョージア国立バレエで上演している。バランシン作品が、振付家の先祖の地で数多く上演されるようになったのもアナニアシヴィリがいてこそであろう。

 情報化時代の現在、バレエにおいてお国柄や地域性がやや見えにくくなってきている気配が無きにしも非ず。だが、西欧とロシアに挟まれた独特な位置にある東欧のバレエ団やそこで踊るダンサーたちに注目すると、バレエを観る楽しみがまた一つ増えるのではないだろうか。


【関連記事】バレエの歴史がわかります!

『バレエとダンス ~2つの踊りは、どう違うのか?~<前編>』はコチラ
→1.バレエとは?~歴史の流れと変化~

『クラシック・バレエとモダン・バレエ ~それぞれの特徴と違い~<前編>』はコチラ
→1.クラシック・バレエの背景 ~その歴史と様式~


3.その他ヨーロッパのバレエ

 バイエルン国立バレエ (ドイツ)

 ドイツ南部バイエルン州の州都ミュンヘンを拠点とする。古い歴史をたどると17世紀までさかのぼるバイエルン州立(国立)歌劇場の一部門から独立。1988年よりコンスタンツェ・ヴェルノン(1939-2013)、1998年から2016年までイヴァン・リスカ、2016年から2022年までイーゴリ・ゼレンスキーが芸術監督を務めた。現在はパリ・オペラ座バレエ国出身のローラン・イレールが指揮を執る。
 ジョン・クランコ、ジョン・ノイマイヤーの全幕バレエなどのほか、デヴィッド・ドーソン、シャロン・エイアール、マルコ・ゲッケ、ウェイン・マクレガー、クリスチャン・シュプック、クリストファー・ウィールドンら第一線で活躍する振付家の作品を次々とレパートリーに加えている。例年春に「バレエ・フェスティバル・ウィーク」を開催し、国内外からのゲストカンパニーの上演を含めた祭典として根付いている。
 団員は多国籍。日本でも人気の高いジュリアン・マッケイのほか、ヨナ・アコスタ、ヤコブ・フェイフェルリック、オシエル・グネオ、ローレッタ・サマースケールズ、マディソン・ヤングらがプリンシパルを務める。現在、日本人の団員はいないが、以前に河野舞衣らが所属していた。

<バレエ団データ>
Bayerisches Staatsballet
拠点:ミュンヘン
創立:1988年
芸術監督:ローラン・イレール
劇場:バイエルン州立(国立)歌劇場
規模:全ダンサー約64名(ゲスト&研修生除く) プリンシパル約9名、ファーストソリスト約4名、ソリスト約10名ほか

 英国ロイヤル・バレエ団 (イギリス

 英国バレエのパイオニアであるニネット・ド・ヴァロワ(1898-2001)が1931年に設立したヴィック・ウェルズ・バレエを前身とする。のちにサドラーズ・ウェルズ・バレエとなり、第二次世界大戦後の1946年、ロイヤル・オペラ・ハウスの再開に際してコヴェント・ガーデンに拠点を移す。1956年に王立となる。
 ド・ヴァロワ、フレデリック・アシュトン、ケネス・マクミランらによる英国バレエの名作を受け継ぎ、演劇的でドラマティックな舞台に定評がある。近年では、ウェイン・マクレガー、クリストファー・ウィールドンらの話題作も上演。また、ライブシネマや動画配信などに積極的だ。
 1980年代後半から一早くダンサーの多国籍化を進め、数多くの世界的スターダンサーが在籍。熊川哲也が東洋人として初めて入団し1993年にプリンシパルに昇格した。吉田都も長きにわたりプリンシパルを務め活躍した。現在、平野亮一、高田茜、金子扶生がプリンシパルの地位にある。

<バレエ団データ>
The Royal Ballet
拠点:ロンドン
創立:1931年
芸術監督:ケヴィン・オヘア
劇場:ロイヤル・オペラ・ハウス
規模:全ダンサー約97名(ゲスト&研修生除く) プリンシパル約19名、プリンシパルキャラクターアーティスト約7名、ファーストソリスト約12名、ソリスト約19名ほか

 イングリッシュ・ナショナル・バレエ(イギリス

 1950年にアリシア・マルコワとアントン・ドーリンが結成したバレエ団に端を発する。その後、フェスティバル・バレエ、ロンドン・フェスティバル・バレエと名を変え、1989年に現在の名称となった。ロンドンに拠点を置いてロンドン・コロシアムで定期的に公演を行うが、イギリス全土を回るツアーカンパニーである。
 2012年に芸術監督に就いたタマラ・ロホの下で一躍バレエ界の話題をさらう団体へと躍進した。鬼才アクラム・カーンに委嘱した現代版『ジゼル』を画期的成功に導いたり、古典名作『海賊』を英国のバレエ団として全幕初上演して話題を呼んだり、女性振付家を積極的に起用したりして卓越した手腕を発揮した。ロホは2022年に退任してサンフランシスコ・バレエの芸術監督に転身し、後任にアーロン・S・ワトソンが就任した。
 高橋絵里奈、加瀬栞が最高位リードプリンシパルを務め、カンパニーの顔として活躍している。

<バレエ団データ>
English National Ballet
拠点:ロンドン
創立:1950年
芸術監督:アーロン・S・ワトキン
劇場:ロンドン・コロシアム
規模:全ダンサー約66名(ゲスト&研修生除く) リードプリンシパル約7名、ファーストソリスト約9名、ソリスト約6名ほか

 ミラノ・スカラ座バレエ団 (イタリア)

 オペラの殿堂として名高いスカラ座を拠点とする。イタリアのバレエは、ルネサンス期から長い歴史を誇り、ヨーロッパ各地に影響を及ぼしていた。19世紀後半、帝政ロシアのマリインスキー劇場に招聘され、のちにディアギレフのバレエ・リュスに加わった名教師エンリコ・チェケッティ(1850-1928)もスカラ座出身である。
 第二次世界大戦後、20世紀の後半になるとローラン・プティやモーリス・ベジャールらを招聘し、ソ連から西側に亡命した巨星ルドルフ・ヌレエフの作品も重要なレパートリーだ。カルラ・フラッチ、アレッサンドラ・フェリ、ロベルト・ボッレといった名ダンサーがスカラ座バレエの歴史を彩ってきた。  
 2009年から2016年まではマリインスキー・バレエを率いたマハール・ワジーエフが芸術監督となり、古典作品復元などに力を入れた。2020年、パリ・オペラ座出身でヌレエフの薫陶を受けたマニュエル・ルグリが芸術監督に就任し采配を振る。なお、近年、日本人がコール・ド・バレエとして所属するようになった。

<バレエ団データ>
La Scala Theatre Ballet
拠点:ミラノ
創立:1778年
芸術監督:マニュエル・ルグリ
劇場:ミラノ・スカラ座
規模:全ダンサー約90名(ゲスト除く) エトワール約2名、プリンシパル約9名、ソリスト約17名ほか

文・高橋森彦(バレエ評論家)


【公演情報】

2024年7-8月に、ヨーロッパ名門バレエ団のソリストたちが出演する「バレエの妖精とプリンセス」「親子で楽しむ夏休みバレエまつり」の来日公演が開催されます。公演情報は、下記をご覧ください。


ヨーロッパの名門バレエ団で活躍中のダンサーが出演し、夢の競演を果たします!

■「親子で楽しむ夏休みバレエまつり ヨーロッパ名門バレエ団のソリストたち」
【公演期間】2024年8月3日~8月4日
【開催地】東京

■「バレエの妖精とプリンセス ヨーロッパ名門バレエ団のソリストたち」
【公演期間】2024年7月26日~8月12日
【開催地】神奈川、群馬、愛知、大阪、宮城、秋田 ほか

その他の公演情報

■ ジョージア国立バレエ「くるみ割り人形」
【公演期間】2024年12月開催予定
※詳細は2024年7月発表予定

■ ウクライナ国立バレエ「ジゼル」ほか
25年1月開催予定 ※詳細は24年8月発表予定