元ウクライナ日本大使に聞く、日本初演「雪の女王」の魅力!完全オリジナル作品を、名門ウクライナ国立バレエが来日公演で披露

2023年12月23日から2024年1月14日にかけて、ウクライナ国立バレエ(旧キエフ・バレエ)の来日公演が行われ、なかでも、日本初演となる「雪の女王」に注目が集まりました。 雪景色が印象的なこの物語は、鑑賞後に幸せな気持ちになれる、冬に観るのにぴったりなバレエ作品です。
アンデルセンの童話を原作にした、バレエ団の完全オリジナル全幕作品「雪の女王」。この新しいバレエ作品の魅力について、2016年の制作時に現地で初演を鑑賞している、元在ウクライナ日本大使の角茂樹氏にお話を伺いました。インタビューは、バレエ評論家の守山実花さんです。


2025年1月にもウクライナ国立バレエが来日!
■ ウクライナ国立バレエ「ジゼル」ほか
25年1月開催予定 ※詳細は24年8月発表予定



ーウクライナ国立バレエのオリジナル作品「雪の女王」は、お気に入りのバレエ作品と伺いました。キーウで初演をご覧になられたのですね。

 はい、2016年の初演、そして再演も観ています。クラシックの基本に忠実なダンスを綺麗に踊る、マリウス・プティパ以来の伝統を大事にしているバレエ団だというのが私のウクライナ国立バレエの印象でしたが、「雪の女王」にはダイナミックなダンスも入っているので伝統的なバレエが好きな方も、もう少しモダンなバレエが好きな方も楽しめると思います。特に第2幕の山賊たちの場面は、動きが激しくて、とてもダイナミックです。ご覧になった誰もが感動するバレエ作品ではないかと思います。

 ウクライナでは、新作バレエのすべてが必ずしもレパートリーとして残るわけではなく、上演されなくなるものもありますが、「雪の女王」は初演から観客の反応がよかったので、おそらくレパートリーとして残っていくものになると、観終わってすぐに思いました。終演後、初演当時の芸術監督で振付を担当したアニコ・レフヴィアシヴィリさんに、すごくよかったと伝えたところ、とても喜んでくれたのを覚えています。

この作品の魅力について教えてください。

 物語はアンデルセンの童話に基づいています。カイという少年の目と心臓に、雪の女王が作った鏡の破片が刺さって性格も変わってしまう。そして、雪の女王に連れ去られたカイを、幼馴染の少女ゲルダが探しに行きますが、その旅の途中で様々な困難に出会うのです。ようやく雪の女王の宮殿にたどり着き、カイと再会して…。日本でも有名になったディズニー映画の「アナと雪の女王」は、アンデルセンの童話をかなり脚色していますが、このバレエ作品「雪の女王」は原作に忠実に作られています。色々なシーンが次々に出てきて登場人物も多いので、2時間があっという間に過ぎてしまう。とにかく見応えがある作品です。

 振付はクラシックですが、現代的と言ったらいいでしょうか、かなり激しい動きも加えられています。ダイナミックな踊りとクラシックを綺麗に踊る部分、どちらの要素も入っているので色々な方が楽しめるでしょう。物語の展開もわかりやすく、装置や音楽も美しいので、お子さんから大人まで世代を問わず、そしてバレエを初めて観る方でも楽しめるところも魅力です。エンターテインメント性と芸術性のバランスもよく、ジェローム・ロビンズ振付の「ウエスト・サイド・ストーリー」のようなブロードウェイのミュージカルに通じるものもあるかもしれませんね。

お好きなシーンはありますか。

 一番最初のスケートのシーンが印象深いです。ウクライナで観たときは雪景色の街の背景もとてもきれいでした。それから鏡の破片が目に入ってしまうシーン、カイを探しに行く旅のシーンはどこも興味深く観ました。先ほどもお話しした山賊の場面の激しい踊りには驚かされながら観ていました。最後にカイから鏡の破片が抜け落ちるところも非常に感動的です。

 小さいお子さんから大人まで楽しめるわかりやすいお話なので、原作童話のストーリーを知らなくても十分に楽しめると思います。アンデルセンの「雪の女王」は、以前は日本でもよく読まれていた童話でした。私自身小さい頃、このお話の舞台を観に行ったことがあります。最近は「アナと雪の女王」の方が広く知られていますし、今のお子さんはあまりアンデルセンの童話などはお読みにならないかもしれませんが、童話としてはクラシック中のクラシックですから、バレエを通してこのお話を知るのもいいのではないでしょうか。大人にとっても、アンデルセンを改めて読むいいチャンスになると思います。

―ウクライナのバレエ事情はいかがでしょうか。

 共産主義の時代から、バレエは多くの国民が観るものでした。私がウクライナに駐在している時に、ウクライナ国立歌劇場を改築して3Dマッピングの装置を入れたのですが、当初、日本の外務省は、歌劇場なんて限られた人しか行かない場所に3Dマッピングの装置をいれても…、という反応でした。そこで私が「日本ではバレエファンは限られた人たちかもしれないが、ウクライナではバレエはチケットの値段も安く抑えられていて、ごく普通の市民からバレエ好きまで観客層はとても幅広い。バレエ芸術は、ウクライナ国民にとって誇りであり、彼らは、ウクライナ国立バレエは世界で最高のバレエ団だと思っている。だから、その歌劇場に日本からの支援で3Dマッピングの装置を入れることは、ウクライナの人々を喜ばせることになるのです」と説明したところ、理解を得られて、装置の設置が実現しました。
 この装置を入れたことで、照明も舞台装置もコンピューター制御なので、1人で操作できるようになりました。そのおかげで背景や舞台装置もどんどん変えられるようになっています。

ウクライナ国立歌劇場 外観

 バレエが市民の間に根付いているので、ウクライナでは火曜から日曜まで毎日いくつもの異なる劇場で上演が行われていて、週末は昼夜公演があります。キーウの国立バレエ学校も超一流ですから、素晴らしいアーティストが育っており、ダンサーの層も厚いと思います。ウクライナ国立バレエの現在の芸術監督である寺田宜弘さんも、キーウ国立バレエ学校の出身です。

ーキーウ国立バレエ学校からは、たくさんの優れたダンサーが世界に羽ばたいていますね。

 キーウにはいくつかバレエ学校がありますが、最高峰はキーウ国立バレエ学校です。バレエ学校の公演には、世界中からエージェントがスカウトにくるんですよ。第3学年のときに才能のある子どもに目をつけておいて、翌年もう一度観に来て、テクニック、表現力、そして体型などを再確認してから契約すると聞いています。おっしゃるように世界に出て行ったダンサーもたくさんいますが、ウクライナに残って活躍している人たちも多くいます。

キーウ国立バレエ学校

 ウクライナのバレエは、とにかく古典を大事にしていますので、クラシック・バレエの基本に忠実でピシっと決まっている。観客もそういうところをよく観ています。軸足がしっかりしているか、グラン・フェッテは32回きちんとまわっているか、観客の目は厳しいですよ。

ーウクライナの劇場について教えて下さい。

 キーウだけでなく、リヴィウやオデーサにも立派な歌劇場があります。豪華さで言えばオデーサの歌劇場はロココスタイルでとても豪華です。オデーサの劇場もリヴィウの劇場も、途切れることなくオペラとバレエを上演しています。こうした劇場で踊っていて、認められるとキーウに移籍することもあります。とにかくウクライナのバレエは、層が厚いんです。

 ロンドンにもいたので、英国ロイヤル・バレエ団も観ていますが、イギリスはチケットが高価です。一方、ウクライナは最高席でも約2000円程度、気楽に観られる値段なんです。行こうと思えば、市民の皆さんは毎日だって通えるくらいです。私もウクライナ国立歌劇場のバレエやオペラを幾度も観ています。 在任中にウクライナの大臣から、「ウクライナが誇るバレエを、日本の大使が観てくれるのは嬉しいことです。何度くらい観られていますか?」と聞かれたので、「もう踊れるくらい見ました」と答えたら大変喜んでいました(笑)。

 値段は安いけれど、劇場の雰囲気もいいですしね。かつてはロシアの皇帝も観に来ていました。ボックス席の奥には、ソファーのある控室があったりします。ニコライ2世の時に首相だったストルイピンが狙撃されたのが、まさにウクライナ国立歌劇場でした。歴史の1ページになるような伝統ある劇場です。

ウクライナ国立歌劇場 内観


―色々なお話をありがとうございました。最後に改めて「雪の女王」について、お勧めされるポイントをお聞かせください。

 バレエ好きな人も、初めてご覧になる方も、絶対に観てよかったと思える作品であることは私が保証します。年末年始にこの作品をご覧になると気持ちも明るくなり、スカッとした気持ちで新たな1年を始められるでしょう。

 アンデルセンの心温まる童話の世界を、美しい音楽、美術、そして古典的でありながらダイナミックなダンスで描いた、素晴らしい作品です。どうしてこれまでアンデルセンの「雪の女王」を題材にしたバレエが、あまりなかったのかと思うくらい、バレエにぴったりの題材です。ロシアによるウクライナ侵攻後は、ロシアの作曲家であるチャイコフスキーの音楽演奏を控えることになったため、初演時とは音楽構成を変えて、新たにシュトラウスやマスネを使って再構成したそうです。私はこの新しい音楽による版は観ていないので、来日公演で観られることを楽しみにしています。

インタビュー・文:守山実花(バレエ評論家)


角茂樹 (元駐ウクライナ特命全権大使)

外務省においてウィーン代表部大使、国連大使、バーレーン大使、ウクライナ大使を歴任し、現在は玉川大学、岩手大学その他で国際関係論の客員教授を務める。外務省在籍中は、ヨーロッパ、ニューヨークなどでオペラ、バレエを精力的に鑑賞。ウクライナ大使時代は、ウクライナ国立歌劇場のオペラやバレエを支援し、劇場から家族の一員と言われるほど親しんだ。



ヨーロッパの名門バレエ団で活躍中のダンサーが出演し、夢の競演を果たします!

■「親子で楽しむ夏休みバレエまつり ヨーロッパ名門バレエ団のソリストたち」
【公演期間】2024年8月3日~8月4日
【開催地】東京

■「バレエの妖精とプリンセス ヨーロッパ名門バレエ団のソリストたち」
【公演期間】2024年7月26日~8月12日
【開催地】神奈川、群馬、愛知、大阪、宮城、秋田 ほか

その他の公演情報

■ ウクライナ国立バレエ「ジゼル」ほか
25年1月開催予定 ※詳細は24年8月発表予定

■ ジョージア国立バレエ「くるみ割り人形」
【公演期間】2024年12月開催予定
※詳細は2024年7月発表予定