アリーナ・コジョカルに聞く、ウクライナで過ごした8年間と現在ウクライナへ寄せる想い
ウクライナ国立バレエ2023-24 来日公演

アリーナ・コジョカルに聞く、ウクライナで過ごした8年間と現在ウクライナへ寄せる想い

英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルとして長年活躍し、フリーランスとなった今もハンブルク・バレエ団など世界中のバレエ団に出演し、磨き抜かれた表現力で観客の心を打つプリマ、アリーナ・コジョカル。ルーマニアに生まれた彼女は、9歳の時にウクライナのキーウ国立バレエ学校に交換留学で入学して16歳まで学び、ローザンヌ国際バレエコンクールで入賞して、ロイヤル・バレエ・スクールを卒業後にはウクライナ国立バレエで踊ったという経歴の持ち主である。ウクライナで学んだこと、そしてウクライナのバレエに寄せる彼女の想いについて、「Ballet Muses-バレエの美神2023-」公演のために来日した際に話を伺った。

「ウクライナで学んだことは今の私の基礎となっています」

生まれ故郷のルーマニアを離れて、キーウでバレエを学ぶことになった経緯について教えてください。

コジョカル「私が9歳の時にキーウで学ぶことになったきっかけは、その年に入学したばかりのルーマニアのバレエ学校とキーウ国立バレエ学校の交換留学制度があったからです。大人になってから、その当時の日記を見つけたのですが、家に帰って家族に会える日を待ち望んでいると書いてありました。最初は辛かったのです。特に最初の先生であるラリッサ・オボフスカヤがどのように私にバレエを教えてくれたかはよく覚えています。」

キーウ国立バレエ学校で学んだことで、印象深いことは何でしょうか?

コジョカル「ウクライナの先生たちからは本当に多くのことを学び、今の私の基礎となっています。当時の私は失敗した時には落ち込みましたが、上手くいったとき、そして特に先生が良いフィードバックをくださった時には嬉しくて、もっと頑張ろうと思うようになりました。先生は昼休みを返上して私たちを教えてくれました。そのころ私はロシア語を理解していなかったので、言葉が通じないルーマニア人の学生たちに理解させるために最善を尽くしてくれました。先生は膝をついて私たちの足を1番ポジションへと動かしてターンアウトさせ、正しいポジションへと修正しました。まだ子どもだった私たちを教えるために、持っているすべてのものを捧げてくれたのです。」

https://vimeo.com/411762389
2019年の12月に当時の先生たちに再会し、その様子も収めた映画「Kiev」
コジョカル「残念ながら撮影後そのうちの2人は亡くなってしまいましたが、素晴らしい先生がここにいたことを世界に示せたのは良かったと思います。」

キーウ国立バレエ学校での学生生活はどうでしたか?

コジョカル「当時は外国人の学生はあまりいませんでしたが、6人のルーマニア人の学生がいて、一緒に寮に住んでいたので仲が良く、いい思い出ばかりです。寮にいる時は読書をしたり、音楽を聴いたり、エクササイズをしていました。当時ルーマニアからは電車で27時間もかかり、飛行機もありませんでした。親とは手紙でやり取りをしていて、月に2回だけ、日曜日に電話をすることができました。キーウに行ってから最初の3年間は、母は「そこでの生活は気に入っている?それとも帰る?」と聞いていましたが、私がバレリーナとなって海外で働きたいとわかって聞くのをやめました。母が9歳の子どもを外国に送り出す決断をしたのは辛かったのではないかと思います。今私も母親となりましたが、自分の子どもをその年齢で海外に送り出すなんて想像できません。

キーウ国立バレエ学校の様子

ウクライナ国立バレエでの一年間にはどのような思い出がありましたか?

コジョカル「ウクライナ国立バレエに入団した年に、『眠りの森の美女』のオーロラと『ドン・キホーテ』のキトリ、『コッペリア』のスワニルダを踊りました。『コッペリア』は新作で、リハーサルをしていましたが、私は初日は踊らない予定でした。ですが、初日の前日に先生が私に「振付家があなたに初日を踊ってもらいたがっている」と言いました。私はその時まだ16歳で、新作の初日に主役を踊るという大役を任されるとは思っていませんでした。当日に劇場に行ったら、やはり初日の主役を踊ることになりましたが、私の衣装はまだ準備されていなかったので、他のダンサーの衣装で踊ることになったのです。とにかく若かったのでやるしかありませんでした。でもその時の映像を観ると、当時の私だからできたとてもエキサイティングなパフォーマンスになっていたのです。」
「ウクライナや、多くの東欧のバレエ団では、ロイヤル・バレエ団と違って一人の先生が全部の役を教えるシステムになっていて、一日中私を指導してくれました。オーロラを初めて踊った時に、対角線上に進む振付がうまくいかず、私は何回も何回も踊りましたが先生はただ見ているだけでした。8,9回踊って見せた後で、「私の指摘を受ける準備はできたかしら?」とやっと先生に言われました。私が自分で答えを見つけるまで、辛抱強く見守ってくれていたのです。先生がすぐに正しいやり方を教えるのではなくて、私の力を信じてくれたのは大切なレッスンでした。舞台に立てば私は自分一人で踊らなくてはなりません。もし踊っているときに自分で間違いを修正することができていれば、舞台で何か起きてしまった時や新しいことをしなければならない時にも対応できます。」

ウクライナ国立バレエ時代に一緒に踊ったダンサーにはどんな人がいましたか?

コジョカル「私の最初のパートナーはデニス・マトヴィエンコで『眠りの森の美女』を一緒に踊りました。彼がロシアを去る時に大変な思いをしたことは知っていて、今はいろんなプロジェクトに取り組んでいると聞いて安心しています。レオニード・サラファーノフは、私が退団するときに入団しました。私の先生は、彼と私は良いペアになると思っていたのですが、残念ながらその機会はなく、ようやく数年前に日本で一緒に踊ることができました。同じキーウ国立バレエ学校出身のアレクサンドル・リアブコは、私がノイマイヤーの『椿姫』を踊った時の最初のパートナーとなるなど、ハンブルク・バレエ団で何回も共演することになりました。彼も本当に素晴らしいアーティストです。」

2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻の後に企画したガラ公演「Dance For Ukraine」について教えてください。

コジョカル「私が出演予定だったガラ公演は、ロシアのウクライナ侵攻が起きてキャンセルになってしまいました。予定していた仕事がなくなり、同じキーウ国立バレエ学校出身で学生時代に一緒に踊り、後にロイヤル・バレエ団でも一緒に踊った仲である友人のイヴァン・プトロフと話していて、チャリティ公演を行ってウクライナの人々を助けようというアイディアが出たのです。運よくロンドン・コロシアム劇場が空いていて、スケジュールも上手く合い、「やりましょう!」と。
「パンデミックの間、私たちは何もすることができませんでした。舞台芸術は大切なものではない、それよりも重要な問題がたくさんあるという世の中になってしまい、アーティストである私たちは、アイデンティティを喪失してしまったのです。だから、苦しんでいる人々を助ける機会があった時には、他分野の芸術家たちよりもダンス界は素早く動くことができました。たくさんの人々が私たちに連絡を取って、何かできることはありませんか、と申し出てくれました。
政治的なことは置いておいて、私は人間として人道的な支援に目を向けたいと思っています。助けを必要としている人がいたら、助けなくてはならない。チャリティ公演を行うことで、病院や避難民を助けることができるのです。踊ることで人はつながることができます。ガラ公演では、ロシア人のダンサーにも会いますが、私は彼ら彼女たちを一人の人間、母親、ダンサー、同僚として見ます。お互いを一人の人間として見ることができるのならば、世界はもっと平和になるのかもしれません。」
「私自身も戦争というひどい事態に無力感を感じていたのですが、チャリティ・ガラ公演を開催できて、とても心を動かされました。家族や友人、先生などがウクライナに残っている同僚もたくさんいます。侵攻から1年半以上が過ぎて、世界の人々がこの事態に慣れてきてしまっているし、今後もどうなるのかわからないことは本当につらいと思います。」

バレエの美神 2023より

コジョカルさんがゲスト・プリンシパルを務めているハンブルク・バレエ団では、ウクライナのダンサーを受け入れていましたね。

コジョカル「ジョン・ノイマイヤーは、ウクライナから避難したダンサーたちのために、ウクライナ出身のエドウィン・レヴァツォフが芸術監督を務める新しいバレエカンパニーを作りました。多くのダンサーやバレエ学生がハンブルクにやってきて、バレエ団のスタジオでクラスを受けることができました。その時彼らとは毎日顔を合わせており、同じカンパニーで働いている仲間だと親しみを感じていました。彼女たちの一人は、私がリハーサルをしていて彼女が空き時間の時に、私の娘たちの面倒をみて、娘たちを楽しませてくれていました。ジョンは、恒例のハンブルク・バレエ団の“バレエ週間”にウクライナ国立バレエを招待して、彼らは『スプリング・アンド・フォール』を踊りました。また、ジョンの他何人かの振付家は、ウクライナ国立バレエのダンサーたちに作品を提供しました。新作に取り組むことで、インスピレーションと希望を与え、少しの間、戦争から気を紛らわすことができるようにと思ったのです。」
「私にとってジョン・ノイマイヤーとの仕事はいつも、かけがえのない経験です。彼の人間としての深み、知識量、そして創作への献身的な姿勢には圧倒されています。どこか私の最初の先生であるラリッサを思い出させます。彼はどの瞬間も、すべてが最高に見えるように100%以上集中して自分のすべてを捧げています。ウクライナ国立バレエのダンサーたちが、彼の作品(『スプリング・アンド・フォール』)を踊ったのはとても素晴らしい機会だと思います。そして、彼らの踊りをみて、お客様が彼らのパフォーマンスに希望と活力を感じてくれていたらとても幸せです。」

インタビュー:森菜穂美(もりなおみ) ダンスライター、批評家、翻訳
写真:光藍社


150年以上の歴史で初となる日本人芸術監督・寺田宜弘が率い、困難な状況の中でも進化し続けてきた芸術の都・キーウの名門劇場が再来日!

ウクライナ国立バレエ(旧キエフ・バレエ)
「雪の女王」「ジゼル」「ドン・キホーテ」

ウクライナ国立バレエ2023-24 来日公演情報

<雪の女王>
2023年12月23日(土) 14時開演 昌賢学園まえばしホール 大ホール
2023年12月24日(日) 12時開演 東京国際フォーラム ホールA
2023年12月26日(火) 19時開演 東京文化会館 大ホール
2023年12月27日(水) 14時開演 東京文化会館 大ホール
2023年12月30日(土) 16時開演 ウェスタ川越 大ホール
<ドン・キホーテ>
2024年1月3日(水) 12時開演 東京国際フォーラム ホールA
2024年1月3日(水) 17時開演 東京国際フォーラム ホールA
2024年1月7日(日) 16時開演 静岡市民文化会館 大ホール
2024年1月8日(月・祝) 15時30分開演 水戸市民会館 大ホール
2024年1月10日(水) 18時30分開演 ロームシアター京都 メインホール
2024年1月12日(金) 18時30分開演 和歌山県民文化会館 大ホール
2024年1月13日(土) 16時開演 岡山シンフォニーホール 大ホール
2024年1月14日(日) 15時開演 フェスティバルホール
<ジゼル>
2024年1月5日(金) 19時開演 東京文化会館 大ホール
2024年1月6日(土) 12時開演 東京文化会館 大ホール
2024年1月6日(土) 16時開演 東京文化会館 大ホール