ウクライナ国立バレエの来日公演12月27日(土)17:30開演『ジゼル』に、英国ロイヤル・バレエ団プリンシパルのリース・クラークが、ABT(アメリカン・バレエ・シアター)プリンシパルのクリスティーン・シェフチェンコと共にゲスト主演します。2人が共演して、日本で全幕作品を披露するのは初めて。1度だけの貴重な公演に、期待が高まります。
リース・クラークは英国ロイヤル・バレエ団が誇るダンサーで、世界の4大オペラハウスであるNYのメトロポリタン・オペラ・ハウス、パリ・オペラ座、ミラノ・スカラ座、英国ロイヤル・オペラ・ハウスすべてに出演を果たし、その実力と優雅な演技で人気を博しています。また、ハイファッション・ブランドのモデルとしても活動を行って注目を浴びています。イギリスをはじめ世界で活躍して、多忙を極めるリース・クラーク。ロンドン在住で長年英国ロイヤル・バレエ団を撮影する舞台写真家、そしてダンス・ジャーナリストとして彼の成長を見てきたアンジェラ加瀬さんにインタビューをしていただきました。


-バレエを始めたきっかけについて教えて下さい。
初めてバレエのレッスンに行ったのは3歳の時でした。僕には3人の兄がいるのですが、一番上の兄ロスは、とても活発な子供で、素人目にもわかる素晴らしいリズム感の持ち主だったそうです。両親が兄を家の近くのダンス・スタジオに連れていってバレエを習わせたら、一度目のレッスンからバレエ無しにはいられないほど気に入ってしまった。それが、他の2人の兄たちと僕がバレエを習うきっかけになり、クラーク家の子供たち全員が「バレエと恋に落ちる」運命につながったのです。
-リースさんの家は「4人の男の子全員がロイヤル・バレエ・スクール(以下RBSと略)に入学して、卒業する」という、RBSでの記録を作りました。お兄さんたちの事を教えてください。
一番上の兄ロスは僕より12歳も年上の1983年生まれ、次男のラッセルは7歳年上(88年生まれ)で、3男のライアンは4歳年上(91年生まれ)です。ロスとラッセルは、アメリカのバレエ団で踊った後、今ではアメリカ東部のNYとマサチューセッツ州に住んでいます。
-クラークさんは9歳で、RBS入学前のプレ・スクール組織=ジュニア・アソシエイトになり、入学までの2年間は、地元でのレッスンに加えて毎週末ロンドンに来てレッスンを受けたと聞きました。地元エアドリーからロンドンは、ロンドンからパリを往復するのと同じ程の距離がありますが、どのように通っていたのですか?
両親と、夜行寝台列車で往復していました。兄たちが学校の休みに家に帰って来て、全寮制のRBSへ戻る時は、家族一緒に寝台に乗っていました。毎週末ロンドンに通うのは大変でしたが、RBSの入学オーディションを受ける為には大切な事です。2年もの間、僕をロンドンに送り続けてくれた両親には、今でもとても感謝しています。

-その後、ご両親はスコットランドからロンドンに引越しされたんですね。
両親は、僕がホワイト・ロッジ(ロンドン郊外のリッチモンドにあるRBSの初等科)の2年生の時に、ロンドンに引っ越してきました。全寮制なので、学校の休み以外は一緒に住むことは出来ませんでしたが、「皆が近くに住んでいる」という事実が家族にもたらした精神的な安心は、計り知れないものがありました。
-子供の頃はどんなダンサーに憧れていましたか?
幼かった頃の僕の憧れは、何といっても兄たちでした。特にロスとラッセルとは年が離れているので、2人が学校公演で踊っているのを観た後などは「どうしたらあんなに高くジャンプ出来るんだろう?僕も頑張ってロスやラッセルみたいにならなきゃ!」と、ダンス・スタジオに忍び込んで練習したい気持ちを抑えるのに必死でしたね。
-ホワイト・ロッジ(RBS初等科)時代は、「くるみ割り人形」などにも子役として出演しましたね。
「くるみ割り人形」は、たくさんのRBS初等科生が必要とされますから、様々な役を踊りました。初めてロイヤル・オペラ・ハウスの舞台に立った時の感動は、一生涯忘れられない思い出です。
-好きな振付家や、バレエ作品を教えてください。
振付家はクランコ、アシュトン、マクミラン。作品としては「ジゼル」「オネーギン」「マノン」。
好きな役柄はアルブレヒト、オネーギン、ジークフリート王子。今、僕が踊っているジャスティン・ペック振付作品「エブリウェア・ウィ・ゴー」も、とても気に入っています。
-昨年の秋、アメリカン・バレエ・シアター(ABT)に初出演し、NYデビューを飾る予定でしたね。
「ラ・バヤデール」のソロル役で、ABTとデイヴィッド・H・コーク劇場(旧称ニューヨーク州立劇場)でデビューするはずでした。相手役は今回日本で一緒に踊るクリスティーン・シェフチェンコ。現地入りし、元マリインスキー・バレエのプリンシパルで今はABTでご指導されているイリーナ・コルパコワ先生とリハーサルを重ねていたのですが、デビュー2日前にウィルス性の病気にかかり、踊れなくなってしまったんです。完治に1ケ月もかかり、弱った身体でベッドに横たわりながらダンサーとして大きなチャンスを逃してしまった失望感にさいなまれ、心身ともに大変辛い時期を過ごしました。
ですから、今年の夏にABTでクリスティーン(・シェフチェンコ)とアシュトン振付の「シルヴィア」で共演出来る事になり、場所もメトロポリタン・オペラ・ハウス(以下METと略)になった時は、去年の秋の客演が決まった時以上の喜びを感じました。
-クリスティーン・シェフチェンコさんに対して、どんな印象を持ちましたか?
彼女は、音楽性に秀でた素晴らしいバレリーナです。類まれな才能の持ち主であるにもかかわらず練習熱心で、パートナーの僕に、様々な知識を惜しみなく与えてくれます。優しく温かい人柄で、地に足がついていて、人間性も素晴らしいですね。彼女と踊ったABTでのMETデビューは、僕にとって先シーズンのハイライトと言える出来事でした。
-12月27日にウクライナ国立バレエの日本公演で、クリスティーン・シェフチェンコさんと「ジゼル」で共演されます。クラークさんはアルブレヒト役をどのように解釈して、踊られていますか。
アルブレヒトは、ジゼルと真実の恋に落ちますが、貴族と農民という身分の違いと彼自身の心の弱さから、ジゼルへの愛を貫くことが出来ません。1幕ではジゼルに誠心誠意愛を捧げ、2幕ではジゼルを死なせてしまった事への自責の念でいっぱいです。死んだにもかかわらず、ミルタやウィリたちから自分を守ってくれようするジゼルの自分への深い愛に心を打たれ、精霊になったジゼルと、スピリチュアルな世界で心を通わせあっています。

-今年の秋に、アルブレヒト役でパリ・オペラ座デビューもされましたね。
当初パリ・オペラ座へは、今年2月に「オネーギン」全幕でデビューする予定で、タチヤーナ役のオニール八菜とリハーサルしていました。しかし、直前に父が急病に倒れた為に降板し、その後、現シーズン開幕直後に「ジゼル」で八菜と共演し、ガルニエでデビューするお話を頂いたんです。
僕らの指導は、オペラ座のメソッドを知り尽くすフロランス・クレール先生が担当して、僕に対してはアルブレヒト役に必要とされるロマンティックな腕の動き(ポール・ド・ブラ)を中心に教えて下さいました。ステージ・リハーサルの後、舞台に立ってガルニエの有名なシャガールの天井画を見上げた時は、その美しさに鳥肌が立ちました。
-今回はウクライナ国立バレエに客演して、興味深いエンディングの「ジゼル」を踊りますが、いかがですか。
ロイヤル・バレエのピーター・ライト版、23年7月にアリーナ・コジョカルとニーナ・アナニアシヴィリ率いるジョージア国立バレエの本拠地トビリシで踊ったジョージア国立バレエ版、今年10月に踊ったパリ・オペラ座版に続いて、今度は日本でウクライナ国立バレエ版を踊れる事を、大変楽しみにしています。特にウクライナ国立バレエのヤレメンコ振付の「死後の世界で、ジゼルとアルブレヒトが結ばれる」というエンディングは、他に例が無く、僕自身大変気に入っています。
-2022年3月にロンドンのコロシアム劇場で行われた「ウクライナ・チャリティー・ガラ(Dance for Ukraine)」に出演して、マリアネラ・ヌニェスと「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」を踊りました。同年5月にロイヤル・オペラ・ハウスで行われた戦禍に苦しむウクライナの人々への義援金を募るロイヤル・バレエ主催のチャリティー・ガラ公演「白鳥の湖」(全4幕を4組の異なるプリンシパルが踊る企画)には、ナタリア・オシポワと共に出演していましたね。
チャリティー公演に出演したのは、バレエを含む芸術は、ウクライナの人々や世界の人々が直面している戦争の恐怖を超越し、人々を癒す手段になりえると心から信じているからです。これからも、踊る事で、戦火に苦しむウクライナの人々や、世界の人々をサポートして行きたいと考えています。
-ダンサーとして、またトップ・ファッション・モデルとしても、本拠地のロンドンだけではなく、ニューヨーク、パリ、ミラノや東京など世界中で仕事をされていますね。
昨シーズンは、ミラノ・スカラ座の当時の芸術監督マニュエル・ルグリに招かれて「マノン」全幕にゲストで出演し、スカラ座デビューをしました。その模様はイタリアでTV放映されています。また、元シュツットガルト・バレエ団芸術監督のリード・アンダーソン(クランコ作品の著作権利を持っている)に私の踊る「オネーギン」役を大変気に入っていただいて、シュツットガルトでリハーサルをして、今年5月にスカラ座のガラ公演で3幕のパ・ド・ドゥを踊りました。遠い場所での仕事といえば、23年夏に南米チリの首都サンティアゴで行われたガラ公演で、ABTのクロエ・ミソルディン(当時はソリストで24年夏からプリンシパル)と黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥを踊った事もありました。
ハイファッション・ブランドのモデルとしては、ディオール(2022年春夏コレクション)やアルマーニ(23年春夏コレクション)のショーに出演したほか、ラルフ・ローレンやバーバリー、映画007シリーズで知られるスポーツカー、アストン・マーティンなどの仕事もしています。アストン・マーティンはイギリス車ですが、仕事のオファーは日本支社から頂き、撮影は東京で行われました。
-バレエの舞台だけではなく、モデル活動もされていて長距離の移動も多いと思いますが、仕事の為に時差ぼけや身体のむくみを取るために、どのような事をされていますか?
ナトリウム、塩化物、マグネシウム、カルシウム、カリウムといったミネラル(=電解質)入りの水(アメリカではスマート・ウォーターといった名称で4年ほど前から流行中)を、飛行機で移動中や、移動後にたっぷり飲んだり、移動後にホテルで温水と冷水シャワーを浴びたり、温浴と冷水浴を交互に行って血のめぐりを良くして脚の浮腫みを取ったりしています。
日中に眠くなった場合は、長時間眠るのではなく、20分ほど仮眠するだけにして、移動後の待ち時間に身体を慣らすようにしています。

-日本のバレエ・ファンの皆さんへのメッセージをお願いします。また、日本ではどんな事をしたいですか?
バレエを愛し、作品を深く理解し、世界のバレエ・ダンサーを温かく歓迎してくれる日本の観客の皆さまに、大好きなアルブレヒト役を観て頂けるのは、大変嬉しい事です。
日本では時間が許せば、神社仏閣や温泉、本屋さんに行ったりしたいですね。僕は大の和食ファンで、お寿司やうな重、お好み焼きやたこ焼きが大好き!小魚とアーモンドが袋に入った健康的なスナックも好きで、身体に良いのでよく食べます。次は、これまで食べたことのない日本の食べ物に挑戦してみたいですね。

インタビュー・文:アンジェラ加瀬
Photo by Angela Kase

リース・クラーク
(英国ロイヤル・バレエ団/プリンシパル)
REECE CLARKE
スコットランド出身。2006年より英国ロイヤル・バレエ学校で学び、卒業後の2013年英国ロイヤル・バレエ団に入団。2012年にヤング・ブリティシュ・ダンサー・オブ・ザ・イヤー、リン・シーモア賞を受賞し、2016年に英国ナショナル・ダンス・アワードの新人賞を受賞。2017年にソリスト、2020年ファースト・ソリストして活躍し、2022年プリンシパルに昇格。2022年にイヴァン・プトロフが主催したウクライナ支援を目的としたチャリティー公演「Dance for Ukraine」に参加した。「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「ロミオとジュリエット」「マノン」「オネーギン」をはじめ数多くの作品で主演している。



ウクライナ国立バレエ(旧キエフ・バレエ)
2025-26来日公演情報
「ジゼル」
12/6(土) 昌賢学園まえばしホール(前橋市民文化会館)
12/7(日) 盛岡市民文化ホール
12/9(火) 仙台銀行ホール イズミティ21
12/10(水) あきた芸術劇場ミルハス
12/11(木) 水戸市民会館
12/12(金) 市川市文化会館
12/13(土) 茅ヶ崎市民文化会館
12/14(日) アクトシティ浜松
12/16(火) YCC県民文化ホール
12/17(水) 長野市芸術館
12/27(土) 東京文化会館
12/28(日) ウェスタ川越
「雪の女王」
12/20(土) 相模女子大学グリーンホール
12/21(日) 東京国際フォーラム
12/23(火) ロームシアター京都
12/24(水) 神戸国際会館
「ドン・キホーテ」
1/3(土) 東京国際フォーラム
<ウクライナ国立バレエ>
150年以上の歴史を誇り、ボリショイ劇場、マリインスキー劇場とともに旧ソ連における三大劇場と称されるタラス・シェフチェンコ記念ウクライナ国立歌劇場を本拠地とするバレエ団。古典の名作から現代作品、ウクライナならではの作品まで幅広いレパートリーを持ち、バレエ界をリードする数多くのスター・ダンサーを輩出しています。海外公演も盛んで、日本でも1972年以降来日公演を重ねて人気を博しています。












