
10月31日から11月5日開催の「Ballet Muses-バレエの美神2025-」に出演する、マリインスキー・バレエのマリア・イリューシキナさんにインタビュー!幼少期からプリンシパルになるまでの道のり、公演出演についての意気込みなどお話を伺いました。
———イリューシキナさん、本日はどうぞよろしくお願いいたします。バレエを始めたきっかけについて教えてください。
落ち着きのない活発な子供で、母の意向で新体操を始めました。新体操の振付家がバレエをすすめてくれました。私のような平凡な女の子がバレリーナになれるなんて思いもしませんでした…バレリーナは妖精とかお姫様のような、この世のものとは思えない存在だったので。
でも家族も賛同してくれて、11歳の時にワガノワ・バレエ・アカデミーに入学しました。
———学校時代の思い出は?
マリインスキーで踊ることばかり夢見ていました。在学中は多くを学びました。先生方は自分の職業を愛していて、誠実に責任感を持って次世代に芸術を伝えています。その姿勢にいつも心を動かされています。


———その後2016年にマリインスキー・バレエにコール・ド・バレエで入団し、2020年からソリストで踊られていますね(追記:2025年9月19日にプリンシパルに昇進)。これまでどんな転機がありましたか?
『ジュエルズ』のエメラルドは忘れられないソリストの役です。ワガノワ・バレエ・アカデミーでもバランシン作品について理論的に学んでいたので、舞台でも踊りながら、バランシンの世界に没入できました。同じ年(2年目のシーズンの最後)、マリインスキー沿海州劇場(ウラジオストク)の公演で、『眠りの森の美女』のリラの精を踊りました。私のリハーサル教師、リュボーフィ・クナコーワの十八番でもある役で、先生から祝福をいただいたような気持でした。まだコール・ド・バレエの時にニキータ・コルネーエフと踊った『白鳥の湖』の主役も良い思い出です。同じ役をドイツのバーデン・バーデン公演でも急遽代役で踊ることになり、周りもあたたかく支えてくれたのを覚えています。
それから、2022年のモスクワ国際バレエコンクール参加も重要な体験でした。これはスポーツでいうオリンピックのようなコンクールで、精神面でこんなに大変な経験はありませんでした。創設者のグリゴローヴィチは「簡単な勝利は勝利ではない」と仰っていましたが、辛かった分喜びもひとしおでした(シニア デュエット部門で第1位)。
そしてもちろん、各公演が一歩ずつの前進であり、学びだと思います。


———舞台に立つ恐怖はどんなふうに克服していますか?
恐怖を克服するのは簡単なことではありません。私はアーティストやスポーツ選手のインタビューを聴くのが好きで、「大変なのは自分だけじゃない」と思うんです。私と同じ恐怖を先人達も感じ、乗り越えてきたということが支えになっています。クナコーワ先生もとてもポジティブな方で、自分を信じるようおっしゃいます。元々私は悲観的で心配性なんです。困難は偶然ではなく、誠実になすべきことをなすのみだと考えています。
———昨年2024年にはロシア文化放送の『ビッグ・バレエ』に参加し、『ベスト・デュエット』賞を受賞されました。どんな経験でしたか?
コンクールと比べるとそれほどの競争もなく、より芸術的な空気に満ち溢れていました。ファルフ・ルジマトフさん等素晴らしい審査員の方々から助言をいただきました。バレエ・ダンサーの職業というのは努力の連続で、楽しいことばかりではなく、困難が永遠に続くように思うこともありますが、『ビッグ・バレエ』は、努力が報われた出来事でした。
———イリューシキナさんは私の中では「物静かなバレリーナ」というイメージがあります。ご自身の内向的な側面と舞台上での感情表現は、どんなふうに両立されていますか?
舞台上で感情的になることは、実生活で感情を露にするよりはるかに簡単なんです。私の人生ではないし、ヒロインたちはより自由だからかもしれません。『愛の伝説』のメフメネ・バヌーのようなドラマティックな役は、舞台からはけるとき、力を出し切って自由になったのを感じます。「言葉では言い表せないような何か」を経験したような気持ちになるんです。ダンサーはそのために踊っているといっても過言ではありません。


———自由な時間は何をしますか?
天気が良ければ中心部や郊外を散歩します。絵を描いたり、編み物をするのも好きです。これまではサンクトペテルブルク大学の修士課程で文学史を学んでいたので勉強に多くの時間を割いていました。バレエ以外の違う生活も見てみたかったんです。文学が好きだったので、合格した時はとても嬉しかったです。今でもクラスメートとは仲良くしています。両立のため2年長く在籍することになりましたが…。

———では「Ballet Muses -バレエの美神2025-」公演の話も伺いたいと思います。今回の公演では踊りを通じて何を伝えたいですか?
観客の皆さんに明るい、よい印象が残ると嬉しいです。素晴らしい芸術に触れて、何か新しい意味を見つけ、心を休めていただければ。日本で踊るのは3回目になりますが、私にとって日本で踊ることは大きな喜びです。マリインスキーのダンサーたちは皆日本が大好きです。普段は慎重なんですけど、今回オファーをいただいて何も考えずにすぐお返事をしました。
———今回踊られる演目について教えて下さい。
『眠りの森の美女』は宝石箱のようなバレエ作品で、どんな小さな役もそれぞれユニークでありながら、一つのスタイルで統一されています。私にとってお手本はイリーナ・コルパコワ。彼女のオーロラ姫は何度も見返しました。同じように踊ることはできませんが、彼女からたくさん学んでいます。高貴さ、繊細さ、フランス風のアカデミックなスタイルをお見せしたいと思います。
『ジュエルズ』のダイヤモンドはロシアに捧げられています。バランシンは、ダイヤモンドのコール・ド・バレエに、ペテルブルクの建築から得た印象を込めたと言われています。今回久しぶりに踊ることができて嬉しいです。舞踊の詩情と言える、驚くほど音楽的で美しい作品です。
エスメラルダは今回初めて踊るのですが、パートナーのティムール・アスケロフが勧めてくれました。普段リリカルな役が多いのですが、より情熱的な役も挑戦したかったんです。実は2年ほど前から踊る話があった作品で、今回何か新しい試みをしたいと思い、決めました。


———パートナー、ティムール・アスケロフさんはどんなダンサーですか?
素晴らしいプリンシパルで、とても注意深く、役に立つ助言をたくさんくれます。すぐにできなくても、何度も一緒に練習してくれて、きっと将来よい教師になってくれると思います。
———マリインスキー・バレエのスタイルとは?
呼吸。動きの美しさを遮るような余計なアクセントがないスタイルです。自然さ、抑制された美、正確で繊細な、揺らがない何か。ペテルブルクの街並みを思わせる美しさ、詩情、叙情…そんな言葉で説明ができるかと思います。
———日本の観客の皆様にメッセージをお願いします。
皆さん!お会いできるのを楽しみにしています。ガラ公演が幸せや明るい気持ちをもたらし、皆さんが真の芸術の美を楽しむことができますように。
インタビュー 梶彩子

マリア・イリューシキナ
(マリインスキー・バレエ/プリンシパル)
サンクトペテルブルグ生まれ。2016年ワガノワ・バレエ・アカデミーを卒業後、同年にマリインスキー・バレエに入団。2020年にソリスト、2021年にファースト・ソリスト、2025年9月にプリンシパルに昇格した。2022年第14回モスクワ国際バレエコンクールで1位受賞。2024年ロシア文化放送「グランド・バレエ」に出場し、「ベスト・デュエット」賞を受賞。古典的な優雅さや繊細さを体現するテクニックと同時に、技術に留まらない表現力を持ち合わせ、高く評価されている。『白鳥の湖』『ライモンダ』『ラ・バヤデール』『眠りの森の美女』『くるみ割り人形』をはじめとした数多くの全幕作品で主演を務めている。

「Ballet Muses-バレエの美神2025-」出演
バレエの殿堂ボリショイ/マリインスキーの新たなスターたち
エリザヴェータ・ココレワ編はこちら
https://www.koransha.com/contents/7404/

Ballet Muses -バレエの美神 2025- 公演情報
【公演日程】
東京国際フォーラムホールC
10月31日(金)19時
11月1日(土)13時/17時
東大阪市文化創造館Dream House 大ホール
11月3日(月・祝)14時
愛知県芸術劇場 大ホール
11月5日(水)19時
【出演者】
アリョーナ・コワリョーワ(ボリショイ・バレエ/プリンシパル)
佐々晴香(ベルリン国立バレエ/プリンシパル)
エリザヴェータ・ココレワ(ボリショイ・バレエ/プリンシパル)
マリア・イリューシキナ(マリインスキー・バレエ/プリンシパル)
マリア・ホーレワ(マリインスキー・バレエ/ファースト・ソリスト)
ユリア・ルキアネンコ(ミハイロフスキー劇場バレエ/ファースト・ソリスト)
エゴール・ゲラシェンコ(ボリショイ・バレエ/プリンシパル)
ティムール・アスケロフ(マリインスキー・バレエ/プリンシパル)
ヴィクトル・レベデフ(ミハイロフスキー劇場バレエ/プリンシパル)
ダヴィッド・ソアレス(ベルリン国立バレエ/プリンシパル)
ダニール・ポタプツェフ(ボリショイ・バレエ/ファースト・ソリスト)
マカール・ミハルキン(ボリショイ・バレエ/ソリスト)
▼公演情報、チケット購入はこちらから
https://www.koransha.com/ballet/muses/