アメリカ5大バレエと謳われる名門ヒューストン・バレエで、トップとして活躍を続ける日本人プリンシパル加治屋百合子。7月来日公演への期待

今年7月に「ヒューストン・バレエ」の来日公演が開催されます。
バレエ団を代表するプリンシパル(最高位)として目覚ましい活躍を続けている加治屋百合子さんに、今回の来日公演の見どころを伺いました。

Photo:Hidemi Seto@KORANSHA

■バレエ団の魅力

―この夏、ヒューストン・バレエが3年ぶり2度目の来日公演を行います。加治屋さんは2014年にABT(アメリカン・バレエ・シアター)から移籍入団されていますが、ヒューストン・バレエの魅力をどう感じますか?

アメリカのバレエ団ならではの特徴かもしれませんが、古典から創作まで幅広いレパートリーを持ちつつも、エンターテインメント性の溢れる作品が多いと感じています。

そして何よりヒューストン・バレエの1番の特徴は、ダンサーたちの水準の高さ。監督のスタントンはダンサーに求めるものが多く、たとえコール・ド・バレエでも、プリンシパルのように高いスキルが要されます。技術やスタイルだけではありません。スタントンの振付けはドラマティックな要素が多いので、表現力も必要です。リハーサル中にスタントンがスタジオに入ると、途端にダンサーたちの顔がぐっと引き締まります。彼の高い意識がカンパニーのレベルを上げている理由であり、魅力だと感じています。

―スタントン・ウェルチ芸術監督に加え、2023年7月より元ABTプリンシパルのジュリー・ケントが共同監督に就きました。

ジュリーとは、私がABTに入団したときから13年間にわたり同僚として一緒に過ごしてきた仲でした。ジュリーが加わり、スタントンと2人が同じ芸術監督という立場でカンパニーを率いています。今のヒューストン・バレエにはこれがベストの状態なのではないかと感じています。

スタントンは振付家としてダンサーたちのことを知り尽くしていて、それぞれの良さを引き出してくれます。ジュリーは自身のダンサーとしての経験を私たちに伝えたり、スタントンとはまた別の視点でカンパニーを導いてくれています。ジュリーとスタントンが各々の持つ力を最大限に発揮していて、さらにパワーアップしたバレエ団になったのではないかと思います。

「シルヴィア」(K.ゴンザレス、C.ウォルシュ)
「クリア」(C.ウォルシュ)
スタントン・ウェルチ芸術監督
ジュリー・ケント芸術監督

■来日公演の見どころ

―来日公演は「オープニング・ガラ」からスタート。『蝶々夫人』『クリア』をはじめ、スタントン・ウェルチ監督の傑作集です。

「オープニング・ガラ」はスタントンの代表作ばかりがそろっていて、彼の振付家としてのヒストリーが感じられるステージになると思います。

私は『蝶々夫人』を踊ります。『蝶々夫人』はスタントンが振付けた初めての全幕作品でした。おそらく彼自身まだダンサーとして踊っていたころだと思います。私がABTのスタジオ・カンパニーに入団したとき、ちょうどスタントンが振付指導に来ていて、それが彼との出会いでした。私が17歳のときです。後々聞いたのですが、スタントンが当時「ユリコに蝶々夫人を踊らせたい」とスタジオ・カンパニーの監督に言っていたそうです。あれから長い時を経て、こうしてまたヒューストン・バレエで一緒に過ごすことになり、なんだかすごく縁を感じます。

今回ガラで上演するのは、一幕の最後に蝶々夫人とピンカートンが一緒に踊る、幸せいっぱいのパ・ド・ドゥです。とてもドラマティックな振付で、愛の溢れる場面になっています。私自身『蝶々夫人』はこれまで一度も日本で踊ったことがないので、すごく楽しみです。

『クリア』はスタントンがABTに振付けした作品です。初演は、私がABTに入団した1年目の秋シーズンでした。男性7人に女性1人の作品で、その時オリジナルキャストの女性のパートを踊ったのが、今の芸術監督のジュリーです。それぞれのダンサーの特徴をうまく引き出した作品で、音楽性も素晴らしく、舞台から感じられるエネルギーに圧倒されます。初演を観た時は鳥肌が立って、ものすごく感激したのを今でも覚えています。

「蝶々夫人」より (加治屋百合子、C.ウォルシュ) 
 「クリア」 (加治屋百合子)

―さらに今回の来日公演では、2016年に新制作されたスタントン・ウェルチ版『ジゼル』全幕を日本で初演します。加治屋さん自身、日本で『ジゼル』全幕を踊るのは初めてだそうですね。

そうなんです。日本でもパ・ド・ドゥを踊る機会は何度かありましたが、全幕というのはやはり違います。日本のみなさんの前で1度全幕を踊りたいという気持ちがずっとあったので、今回ヒューストン・バレエと一緒に来日できるのは本当にうれしいですね。

『ジゼル』は15歳のときローザンヌ国際バレエコンクールで踊り、カナダのバレエ学校へ進むきっかけとなった作品なので、特別な思い入れがあります。当時は情報も少なく、まだ未熟だった私ができるベストは尽くしたと思いますが、当時を振り返ると作品の背景や役柄についての理解がまだ十分ではなかったと感じます。

あれからプロのバレリーナとして20数年の経験を重ね、今回の舞台では、これまでのキャリアを集大成として表現するとともに、自分が今できるベストの『ジゼル』を皆様にお届けしたいと考えています。

―スタントン・ウェルチ版『ジゼル』の特徴といえば?

みなさんがよく知る『ジゼル』のストーリーをベースに、作品自体が少し長めになっています。というのも、現在一般に上演されている『ジゼル』はいろいろな場面で音楽がカットされていて、原曲orオリジナルスコアはまた違ったものになっているんです。

スタントン版はそのカットされていた音楽を復元しているのでこれまでの『ジゼル』ではあまり聴いたことのない音楽を耳にされると思います。ドラマティックな要素が多いのもスタントンならではで、特にジゼルが狂乱するシーンは通常のバージョンの3倍近くの長さになっています。そのぶん演じる立場としては、感情の強さを求められるため、苦しく、1幕が終わっても気持ちをその場に残したような気分になって、2幕への切り替えがとても大変です。

―加治屋さんの思い描くジゼル像とは?どんなジゼルを見せたいですか?

スタントン版『ジゼル』全幕はこれまで初演の2016年と2019年の2度上演していて、今回の来日公演で3度目の上演となります。どんな作品でもそうですが、同じ役を踊ってもその時々で感覚が違いますね。

2016年の初演のときは、最後に舞台をハケるとき、“愛の力でアルブレヒトを救った、自分はやり遂げた、これでウィリの世界に戻れる” という安心感を得ていました。けれど、2019年に踊ったときは、アルブレヒトと離れるのがすごく切なくて。“彼を救うことはできたけれど、これでお別れになってしまう、もう二度と会うことはできない―” そんな悲しみにとらわれて、舞台をハケけたあと袖でシクシク泣いてしまいました。彼を救えたという喜びがありつつ、もう会えないという辛さが大きく、愛がより強くなったのです。

「ジゼル」(加治屋百合子、C.ウォルシュ) 
「ジゼル」(加治屋百合子、C.ウォルシュ)

初演から再演までの3年間で、人としてもダンサーとしてもいろいろな経験を重ねてきました。それが舞台上であらわれたのだと思います。あれからまた6年が経ち、今の自分がどのように変わり、進化していくのかーそして私自身が、それをどう感じるのかも、また楽しみのひとつです。この6年間で得た成長を、日本のお客様の前でお見せできたらと考えています。

■ご自身の活躍について

―プリンシパルとしてバレエ団のトップにいてなお、向上心を持ち続ける加治屋さんを支えるマインドとは?ご自身のキャリアをどう考えていますか?

私は自分のことをずっと遅咲きだと思っていて、常に成長していたいという気持ちで踊ってきました。上海の留学時代はずっと“百合子が1番へたっぴだ”と言われながら頑張っていました。ABTに入ってもそれほどすぐに役をいただけたわけでもなく、主役をたくさん踊るようになったのは後半になってからでした。

ここ数年は今まで以上に自分の中で余裕が生まれてきたのを感じます。プロになって20数年が経ち、舞台の数を踏んだことで、舞台上でパートナーや周りのダンサーへ配慮がよりできるようになった。それを実感していて、今までよりもパ・ド・ドゥを踊ることが一層楽しくなってきました。今、バレリーナとして1番いい時期を迎えている気がします。

同時に、同年代の同僚や、自分より若いダンサーが引退することも増えてきました。ただスタントンと話をしたら、「いや、年齢は関係ない。その人それぞれの舞台との関わり方がある。年齢で比べちゃダメだ、ユリコはまだまだ引退しちゃダメだ」と言われて。
ヨーロッパのバレエ団と違って、アメリカはダンサーの定年がありません。キャリアの終わりは自分で決めることになります。同じ役を踊ったときに前回より成長を感じられなかったら、それが舞台を去る時期なのかと考えています。でも今は公演ごとに成長を感じられているので、まだもっといろんな役に挑戦していきたいです。

記者会見:日本公演アンバサダーの野口聡一さん(宇宙飛行士)と
Photo:Hidemi Seto@KORANSHA

小野寺悦子(ライター)


加治屋百合子(プリンシパル)

8歳でバレエを始める。中国国立の上海舞踊学校で学び、奨学金を得て首席で卒業。2000年ローザンヌ国際バレエコンクールでローザンヌ賞受賞語、カナダ国立バレエ学校で学ぶ。2002年よりABT(アメリカン・バレエ・シアター)、2014年よりヒューストン・バレエで活躍。Newsweek誌「世界が尊敬する日本人100人」、TIME誌「次世代リーダー」などでも紹介された。国際的なキャリアが評価され、2020年芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。


ヒューストン・バレエ

1969年設立。テキサス州最大都市のヒューストンにある、ヒューストン・バレエには、世界各国から集まった61名のダンサーが所属している。アメリカ最大級のダンス専門施設Center for Danceを本拠地とし、同バレエ・カンパニーのために建設された、最新鋭の劇場ウォータム・シアターで公演を行っている。2003年からは、オーストラリアの振付家スタントン・ウェルチが芸術監督を務め、古典作品の新制作に意欲的に取り組むと同時に、現代振付家の作品を数多く取り入れ、アメリカ国内でも豊富なレパートリーを抱えるバレエ・カンパニーとして評価されている。また、ロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場、パリのシャンゼリゼ劇場、ワシントンのケネディ芸術センターなど、国内外の名門劇場での好演を重ね、国際的に注目されている。


【公演情報】

ヒューストン・バレエ「ジゼル」
ヒューストン・バレエ「オープニング・ガラ」

▼詳細情報はこちら
https://www.koransha.com/ballet/houston/

「オープニング・ガラ」
2025年7月3日(木) 19:00開演 東京文化会館 大ホール 
2025年7月10日(木) 19:00開演 愛知県芸術劇場 大ホール

「ジゼル」
2025年7月5日(土) 14:00開演 東京文化会館 大ホール 
2025年7月5日(土) 19:00開演 東京文化会館 大ホール
2025年7月6日(日) 13:00開演 東京文化会館 大ホール 
2025年7月12日(土) 13:00開演 愛知県芸術劇場 大ホール



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