映画誌編集者の杉原苑子さんに聞く「バレエでしか味わえない魅力」  

劇場に出掛けて舞台を楽しむことは素晴らしい体験として心に残り、次の舞台の期待へと繋がっていきます。このコラムシリーズでは、舞台に関係する方や舞台鑑賞が好きな方たちに幅広くご登場いただいて、それぞれの視点からはじめて鑑賞した時の心躍る体験や、バレエやオペラ、オーケストラなどの舞台鑑賞にハマったきっかけとその魅力、心に残った光藍社の公演などを紹介していただきます。皆様が「舞台鑑賞って楽しそう」と感じたり、「また鑑賞を楽しみたい!」とご自身の鑑賞体験を思い出して、劇場に足を運び舞台をご覧いただくきっかけとなりましたら幸甚です。


第7回目は、映画誌編集者の杉原苑子さんに伺いました。バレエ以外にもミュージカルや演劇など色々なジャンルの舞台を鑑賞してきた杉原さんが、改めて感じたバレエの魅力。劇場で生の舞台を鑑賞する素晴らしさと、バレエの特徴やバレエ鑑賞の醍醐味を教えてくれました。


完璧な美と、言葉のない身体表現で感動を与えるバレエ

私がバレエと出会ったのは5歳の時。当時は一年ほど習って辞めてしまったのだが、9歳で再開してからはバレエが大好きになり、学生時代は部活のごとくバレエ中心の生活を送っていた。踊るだけでなく鑑賞も大好きで、発表会のDVDや図書館で借りた海外の「くるみ割り人形」のビデオを繰り返し観ていた記憶がある。バレエ公演の舞台にも時々連れて行ってもらった。初めて観た演目は残念ながら覚えていないのだが、子供の頃から「生の舞台の魅力」を身に染みて感じながら大人になれたことは幸せだったなと思う。

私は地方出身で、大学入学時に上京した。それまでたまに来る地方公演でしか観に行けなかったバレエの舞台がいつでも観られることに感動し、舞台鑑賞が日常的なものになっていった。地元にいた時から熊川哲也さんのファンだったので、上京してしばらくは「Kバレエカンパニー」の公演に毎度足を運び、それがきっかけでほかのバレエ団の公演や、バレエ以外の舞台も観るようになった。その結果ミュージカル、宝塚、2.5次元舞台などにハマったほか、ストレートプレイや大衆演劇も観るようになり、舞台鑑賞が生き甲斐となったのだ。様々なジャンルの舞台の魅力を知ったことで、これまでより客観的にバレエを観ることができ、「バレエの良さってこういうところだよな」と改めて感じることが増えた。

鑑賞の思い出を忘れないために必ず買うプログラム (筆者提供)

バレエならではの魅力のまず一つは、「完璧な美を見せてくれるところ」だ。他のダンス・舞台と比べても、バレエは“美”に対して絶対的な規定があり、これが守られて初めて美しいと感じられる。それを実感するのが、バレエダンサーの正確なポジショニングを観た時ではないだろうか(※クラシック・バレエには、腕の位置や足を出す方向など、あらゆるパ(動き)に対して正解とされるポジションが決まっている)。

ダンサーはどんな振りでも正確なポジションに自然と身体が動くように日々訓練しているのだが、その難しさは測り知れない。バレエは数あるダンスのなかでも正確に踊るということ自体が最も難しいものだ。なぜなら、人間が自然に行う動きとは真逆の動きを“正”としており、それが頭で考えなくてもできるようになるためには気が遠くなるような練習量が必要になるからだ。加えて正のポジションとはものすごく細かい。しかし、この正確さこそがバレエにおける美しさなのだ。

私は自身のバレエ経験のなかで、この正確なポジションで踊るという難しさを痛感しており、トップダンサーの完璧なポジションを見るだけで感動して涙が出そうになる。いつどんな時でも正のポジションを崩さない軸のブレなさ。ここに到達するまでどれだけの時間をかけ、訓練を積み重ねて来たことだろうと、ダンサーの地道な努力が透けて見える瞬間だ。バレエにはグラン・フェッテなど華やかな技もたくさんあるが、舞台上で本物のバレエダンサーを観る一番の醍醐味は、こういった細部にあるのではないだろうか。少し長くなったが、この「頭のてっぺんから足のつま先まで完璧」を見せてくれるのがバレエであり、「正しさこそが究極の美」という正義を堪能できる舞台芸術なのだ。

ダンサーの美しい身体があるべきところにピタッとハマる瞬間の気持ちよさは、バレエ以外では味わえない。それを最大限に感じられるのは生の舞台なので、バレエはできる限り劇場で観ることが望ましい。(映像はどうしてもクローズアップ箇所が限定されがち)ぜひオペラグラスでダンサーの隅々まで美しいポジションを見つめる幸せを噛み締めてほしい。「バレエのポジションがわからない」という方でも、ダンサーの脚だけにしばし注目して見てみることをおすすめする。ただ脚を出すだけ、下ろすだけといった動きの中に、ハッとする美しさを感じる瞬間があるはずだ。

「白鳥の湖」(ザハーロワ)

もう一つの魅力は「言葉がないことによるダンサーの身体表現」ではないだろうか。ミュージカルは歌で、演劇では声の質や台詞の間の取り方で感情を表現するなど「言葉」が不可欠だ。バレエは言葉がないことによって表現の手段の一つが失われているように考える人もいるかもしれないが、そんなことはない。観客はダンサーの表情や身体表現から、言葉で伝えるよりも多くの感情を受け取ることができるし、身体だけでこんなに表現ができるのかと驚きと感動で胸がいっぱいになる。また先程述べたこととは逆だが、言葉による決めつけがないことにより「正解がない」こともありがたい。観客へ創造の余地や自由な解釈の楽しみを残してくれるところがバレエの寛大さであり、何度でも観たくなる面白さなのだと思う。

そして、バレエで言葉の代わりを果たしてくれるのは音楽だ。バレエにおける音楽はBGMではなく言葉そのものの役割を持つので、言葉(音楽)とダンサーの身体表現がぴったりとハマった時の感動は、言葉による表現を超えるものがある。加えてバレエの舞台では多くがオーケストラによる生演奏なので、素晴らしい音楽とダンサーの表現力を一挙に味わえる贅沢が、劇場でバレエを鑑賞する醍醐味ではないだろうか。

ちなみに光藍社主催公演で私が盛大に感動した舞台は2019年に来日したミハイロフスキー劇場バレエのナチョ・ドゥアト版『眠りの森の美女』だ。この公演は私の中に「ベスト・オブ・眠りの森の美女」となって君臨した。衣装・舞台美術・演出・振付においてどれも洗練されていて、本当に素晴らしかった。

「眠りの森の美女」ミハイロフスキー劇場バレエ
「眠りの森の美女」ミハイロフスキー劇場バレエ

ミュージカルや演劇も含め、舞台芸術はどれも素晴らしい。生の舞台の鑑賞体験は、他では代えられない感動を私たちに与えてくれる。そのなかでもバレエは敷居が高いと思われがちだが、美の基準が明確に決まっていて言葉のないバレエは、世界中のどの国の人が観ても同じ感動を共有できる、究極のエンターテイメントなのだ。だからこそ300年以上もの間、私たちを魅了し受け継がれてきたのだろう。私はバレエに出会えた人生が本当に幸福だと思うし、この幸せを一人でも多くの人に感じてもらいたいと心から願っている。

杉原苑子(映画誌編集者)