自粛期間のウラジーミル・マラーホフに聞く10のこと

  1. マラーホフさんは今Instagramでクラスレッスンを配信していて、日本からも多くの人が参加して、楽しんでいます。どうしてInstagramでレッスンを配信しようと思ったのですか?

     今、コロナウイルスの流行により外出自粛をしている状況において、モチベーションを保ち、希望を持ち続けることが大切だと感じています。本当に大変な事態です。だからこそ、生き抜くためにみんなに希望を与えなければならないと感じました。月・火・木・金曜日と週4回のクラスレッスンを行い、『スターとバーレッスン』と題したゲストスターを招いてのプログラムを水曜日に配信しています。バレエを学んでいる人達だけでなく、もっと幅広い世界の人にも見てほしいと思っています。幸せとエネルギーをみんなに与えたいと思い、レッスンをしています。

     『スターとバーレッスン』の1回目はABTのスカイラー・ブラントと行い、今までに倉永美沙やヤーナ・サレンコなどが登場しました。このインタビューの前に、ヤーナ・サレンコとのオンラインレッスンを配信したのですが、僕はちょうどハーレクインから新しいリノリュームが届いたところで、とても幸せな気持ちでした。今は、僕の友達やスター達が皆僕とのオンラインレッスンに登場したがっていて、順番待ちをしているほどです。今はTwitterやInstagramを通して、これまでは近付けなかったすばらしいスター達とファンがやり取りできるようになり、この自粛生活でより距離が縮まった感じがしています。

     今僕はゲスト出演の予定がほとんどキャンセルになり家にいなくてはならないのですが、今までは旅ばかりしていました。ホテルからホテルへ、国から国へ、バレエ団からバレエ団へと。家に帰ってスーツケースを置いたら、また別のスーツケースに荷物を詰めて出かける生活です。今は少し違った生活ができ、ゆっくり考える時間を持てるようになりました。身体の調子を整え、散歩をし、本を読んで過ごしています。

    Instagram courtesy of Vladimir Malakhov

  2. マラーホフ版『コッペリア』について教えてください。

     僕は今まで古典作品一つ取っても、様々な振付家による作品を踊ってきました。『白鳥の湖』に至っては24種類も踊ったんですよ!僕の『コッペリア』は観客が観ていて楽しい作品にしたかった。コミカルだけど、大人が観ても子どもが観ても楽しいバレエにするために、様々な仕掛けをしました。おかげさまでこの『コッペリア』を観たお客さんは、とても美しくて楽しい作品で何回でも観たいと言っています。また、子ども達が観て、自分たちもバレエを踊り始めたいと思えるような作品になっていると思います。いろんなことが起きますが、すべてが丸く収まるハッピーエンドになっています。コッペリウスが可哀想になるようなネガティブな描写はありません。
    『コッペリア』は僕にとって大切な作品です。実は学生時代は『ラ・フィユ・マル・ガルデ』のコーラス役ばかり踊っていて『コッペリア』のフランツ役は全幕で踊ったことがありませんでした。ヴェローナで初めて全幕で踊りました。フランツは第2幕でコッペリウスにお酒と薬を飲まされて酔っぱらってずっと寝ているのですが、それでは踊る場面が少ないので、この寝てしまうところの描写を少し変えて工夫してみました。ちょっと魔法のような効果もあります。中心となる3人のキャラクターそれぞれのやり取りも多くあり、楽しくて可笑しい場面に満ちています。

  3. あなたのコッペリウスはどんな人物でしょうか。

     ご覧になればわかると思います。ヒントを挙げると楽しみがなくなってしまいますから!でもマラーホフのような王子ではありません(笑)。とてもコミカルで面白い人です。新しい驚きがあるので演じていて楽しいです。毎回新しいニュアンスを見つけて取り入れています。ダンサーは常に相手に反応し変化しなければなりませんし、僕は生きている人間なので毎回少しずつ違うんです。コッペリウスは老人で、彼の家の中で何が起きているのかは誰も知りません。でもとても愉快で楽しい人物です。彼には温かい心があり、愛があります。愛はいつもそこにあることをわかっていて、恋人同士を結び付けようと骨を折ります。皆が幸せになったことで彼も幸せになるのです。

  4. マラーホフさんとキエフ国立バレエ学校のご縁についてお聞かせください。

     キエフ国立バレエ学校を初めて訪れたのはずいぶん前のことです。ここで僕の『パキータ』を上演しました。その後『仮面舞踏会』の『四季』を上演するので指導し、『ラ・ペリ』の第2幕を上演しました。すると学校から、今度は全幕作品を創ってほしいと依頼されて、今回『コッペリア』という美しい作品を振付けたのです。初めてのことでしたが、とても好評でした。学校とは長年にわたって関係を継続しているので、まるで家に帰ったような気持ちになるんですよ。キエフには母も住んでいるので、学校に来た時には母を訪ねたり、劇場に来てもらって会ったりすることができるのも嬉しいです。
     学校へは年に2、3回教えに行くのですが、いなかった時にもずっとここにいたような気がします。久しぶりに来た時にもそう思うんです。教え終わって家に帰ろうとする時に学校の方々から「もう行ってしまうのですか?」と言われますが、その時にはここにはもう2、3か月も滞在しているのです。ずっとここにいられたらいいと思うのですが、他の学校に行って他の生徒も教えなければならないのです。いつも離れがたく思っています。特に知っている生徒が小さかったのにいつの間にか大きく成長している時に、もっとここにいられたら、と思います。どこかで知った顔を見ると、「キエフ国立バレエ学校の生徒さんですか?」と聞きます。本当にたくさんの生徒に接しているので全員の顔は覚えられないのですが、名前だけではわからなくても顔を見ると、この子は知っている!と思いますね。
     バレエ教育では、何よりも質の高い教育が大切です。ただたくさん練習すればいいというわけではありません。僕はたくさん回転するタイプではありませんが、エレガントでした。僕の生徒やダンサー達もエレガントでなければなりません。ピルエットで10回転しても良いのですが、そのピルエットは美しくクリーンでないといけません。ただ量で大きなインパクトをみせるのではなく、美しさが大切です。昔のダンサー達は特にそれを重視していました。僕の跳躍はいつも柔らかかったけどそれこそ僕が大事にしていたことです。 「彼は無音で踊っていた」とお客さんも着地の静かな僕の踊りを記憶していました。
     キエフ国立バレエ学校には才能のある優れた生徒がたくさんいます。でも真価はバレエ団に入団して新しいことを発見した時に発揮されます。学校とバレエ団は違うのです。学校を卒業してバレエ団に入ることでダンサーはさらに成長します。

  5. 今後はどんなことに挑戦していきたいですか?

     将来の夢として、またどこかのカンパニーで芸術監督になりたいと思っています。ダンサーを選び、彼らにモチベーションを与え、教え、持てるものをすべて与えたい。ベルリン国立バレエでは14年間芸術監督を務めました。小さな生徒達にすべてを教えて何でもできるようにしたのです。
     今の時間も僕にとっては大事な時間です。学ぶ時間があるしスケジュールにゆとりができました。少し楽しむこともできました。 今がその時ではないのですが、次に何が起きるかとても楽しみです!
     今回、多くのゲスト出演の予定がキャンセルされてしまいましたが、何かを失ったら代わりに何かが得られると思っています。とにかく健康でいることが今は一番大切ですね。

  6. ロシアで始まり、北米、ヨーロッパと、今まで輝かしいキャリアを切り開かれました。

     幸せなバレエ人生です。日本では、佐々木忠次さんと東京バレエ団のおかげで、25年以上も定期的に出演を続けられて、僕のバレエ人生の中でも最も長い関係を持つことができました。今は様々な人々やダンサー達と共演する自由があります。僕がキャリアを築くにあたって大切だと思うのは、スターになったとしても人間らしくあるべきであること。人を決して裏切らないこと。尊敬を集めることができれば嫌な思いをすることはありません。誰に対しても礼儀正しく優しく接したいと思って生きてきました。
     ウィーン、カナダ、シュツットガルト、ニューヨークのABT、そしてマリインスキー劇場やボリショイ劇場でも踊りました。ディアナ・ヴィシニョーワ、スヴェトラーナ・ザハーロワ、東京バレエ団の吉岡美佳、ポリーナ・セミオノワ、ヤーナ・サレンコ、ジュリー・ケント、アレッサンドラ・フェリ、シンシア・ハーヴェイ…。伝説的なマリシア・ハイデやアリシア・アロンソとも踊ることができたのです。僕の同世代のダンサーは今やほとんど引退しています。パロマ・ヘレーラはアルゼンチンのテアトロ・コロンの芸術監督ですし、チャン・ホン・ゴーはカナダでゴー・バレエ・アカデミーを開いて成功しています。

    Instagram courtesy of Vladimir Malakhov

  7. ダンサーとしてもこれからも活躍されますよね。

     まだダンサーとしての僕に関心を持ってくれて作品を創作してくれる人がいることは幸運です。もちろんもう若くないけれど、僕にしかない個性があって、それを素材にしてくれる人もいます。『白鳥の湖』も『ジゼル』 も踊りませんが、それはもう何百回も踊っていて、みんな覚えていてくれます。今はもっとキャラクター的な役に挑戦する時ですし、僕自身をもっと探求していきたいです。

  8. アーティストとして大切にしたいことは?

     普通の人としての感覚を保ちながら、みんなに幸せを分け与えたい。
     オンラインでクラスを開いているのは、皆さんへのモチベーションであると共に、僕自身へのモチベーションでもあります。とてもエキサイティングですよ。毎日、心と身体をクラスに向けて準備していき、気持ちを切り替え、わくわくしています。これはルーティンではなくて、刺激なんです。若い頃は何時間でもスタジオでリハーサルをして稽古をすることができました。でも年を重ねていくとだんだんきつくなってきます。だけど、スタジオでも僕のところに誰かが来てくれたら、力を与えてもらって刺激され、さらに頑張ることができます。それと同じことをオンラインでやりたいと思いました。水曜日のスターを迎えての企画は身体を動かさなかったとしても、とても楽しいです。Instagramのクラスに参加している皆さんからのエネルギーを毎日感じることができて幸せです。参加した皆さんからの「楽しかった」「ありがとう」という喜びのコメントが日々の大きな励みになっています。
     僕のInstagram では、誰も観たことがない珍しい写真も公開しています。Instagramを通してバレエの伝統も少しずつ見せて行きたいと思っています。

  9. バレエを学ぶ若い方へのアドバイスを教えてください。

     夢を追いかけることがとても大切だと思います。稽古はとても大切なことですが、舞台はまた違ったものなので、稽古場と舞台の違いを理解してください。モチベーションを持ち続けることは大切なので、僕のInstagramをフォローしてクラスにも参加してくださいね。ぜひ僕とオンラインのクラスを一緒にやりましょう。クラスを通して皆さんには愛を送っています。
     そして親御さんは子どもの幸せを一番に考えてください。親が一方的に子供に期待して押し付けるのではなく、子ども自身が自分からやりたいことをすることが大切です。親が干渉しすぎることは子どもの人生を台無しにすることがあります。子どもが「バレエをやりたい」と決心したら、それはその子の人生なので応援してあげてください。

  10. 日本のファンへのメッセージをお願いします。

     日本で、今までとは違う役柄で踊ることができるのはとても嬉しいことです。キャラクター役でコミカルですが、これもまたウラジーミル・マラーホフです。もちろん今までも世界バレエ・フェスティバルのファニーガラでコミカルな一面を見せてきましたが、今回はまた違ったものです。
     日本の友人やファンの皆さん、観客に喜びを与えられることを幸せに思います。日本は18歳の時に初めて来日してから30年以上も舞台に立ち続けていて、僕の第二の故郷です。100回以上訪ねていると思うのですが、もう何回になったのか忘れてしまったほどです。

 皆さんの健康を祈っています。ステイホームで身体にお気をつけてください。前向きな気持ちで、落ち込まないでくださいね。もうすぐこの事態も終わると思います。Instagramのクラスでお会いしましょう!

(インタビュー:森 菜穂美)

バレエ・オペラ