キエフ・オペラ ~ウクライナ国立歌劇場オペラ~ タラス・シェフチェンコ記念

キエフ・オペラの魅力

“オペラの楽しさ”を伝えてくれた2回の来日公演

 世界の一流歌劇場がオーケストラと合唱団を伴って来日する“引越し公演”は、日本のクラシック音楽界のビッグ・イベントとして、毎年話題を呼んでいます。ミラノ・スカラ座、ウィーン国立歌劇場、メトロポリタン歌劇場などトップ・クラスのオペラ・ハウスが、時には本国でやる公演以上の歌手を揃えて来日公演を開き、日本のオペラ・ファンを喜ばせてくれています。

 旧ソ連の歌劇場の中でも、モスクワ・ボリショイ劇場、レニングラード・キーロフ歌劇場(現・サンクトペテルブルグ・マリインスキー劇場)などは早くから来日公演を持ち、お国自慢のロシア作品を中心に話題を呼びました。

 こうした中で、旧ソ連の3大歌劇場のもうひとつ、ウクライナ国立歌劇場(キエフ・オペラ)が、やっと昨年初めての来日公演を果たしてくれました。それまでこの歌劇場の情報が少なく、どのくらいのレベルなのか分からないまま、二つの上演作品「アイーダ」と「トゥーランドット」を期待と不安を交えながら観た、というのが実感でした。しかも2作品ともイタリア・オペラ。ウクライナの歌劇場がなぜイタリア・オペラ?と、「?」マークを持ったまま東京文化会館に向かったのです。

 先入観は見事に“はずれ”でした。「アイーダ」も「トゥーランドット」もスケールの大きい壮大なオペラですが、一方で心理的な音楽ドラマとしての要素が重要で、歌手はもとより、オーケストラも合唱もアンサンブルの一体感がないと劇的な盛り上がりが出てきません。キエフ・オペラは、そのドラマをしっかりと伝えてくれました。しかも、最近流行の“斬新な“演出とは無関係の、オーソドックスで古典的な舞台を作り上げていたのです。

 両作品とも主役に良い歌手が揃わないと感動が伝わりませんが、いずれも大事なアリアをしっかりと決めて劇的なドラマを作り出していました。特に、トゥーランドット姫を歌ったテチヤナ・アニシモヴァが素晴らしく、声量と役作りの上でいま数少ないトゥーランドット歌いとして貴重な存在といえるのではないでしょうか。こういう歌手を抱えている歌劇場の力を感じました。

 今年の9月に再来日してくれたキエフ・オペラは、同じくイタリア・オペラの3作品(プッチーニの「トスカ」「ラ・ボエーム」とヴェルディの「リゴレット」)、それにチャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」を取り上げました。ヴェルディとプッチーニは昨年同様いずれもまとまりの良い舞台でしたが、今回はとりわけ初めてのお国もの「エフゲニー・オネーギン」の素晴らしさを堪能しました。かつて旧ソ連の二つの歌劇場でこの作品を観ていますが、いまひとつ作品に感動したという実感が持てなかったのですが、今回初めてこのオペラ独特のしみじみとした良さを味わえました。声を聞かせるドラマティックなイタリア・オペラとはまた別の、チャイコフスキーのオペラ作品の本質をつかんでいる演出に、本場ならではの味わいが感じられたのです。


歴史の街キエフと“音楽大国”ウクライナ

 このような素晴らしい歌劇場を持つウクライナとその首都キエフはどんなところなのでしょう。ちょっと調べてみると、旧ソヴィエト連邦が崩壊して1991年に再び独立国となったウクライナ共和国は、実は歴史が古く、ロシア帝国が繁栄する前のヨーロッパの東にある大国でした。キエフを中心とするキエフ・ルーシ公国の歴史は5世紀に遡り、9世紀末から13世紀までの間は特に栄華を極めました。

 キエフ公国の時代に建てられた文化遺産のソフィア大聖堂をはじめ、街にはたくさんの美しい歴史的建造物が見られます。街の中心にあるこの大聖堂と、同じく由緒ある国立大学のちょうど真ん中にあるのが、ウクライナ国立歌劇場です。1867年に建てられたこの歌劇場は、モスクワ(ボリショイ劇場)、ペテルブルグ(マリインスキー劇場)に続く帝政ロシア第三のオペラハウスでした。火災にあったり、戦災で被害を受けたりもしましたが、順調な公演活動を展開して今日に至っています。

 ウクライナという国は、昔から多くの音楽家を輩出しています。20世紀の偉大なバス歌手フョードル・シャリアピンがこの劇場の舞台に何度か立っているのをはじめ、旧ソ連の名演奏家たちの中でウクライナ出身の音楽家は実にたくさんいます。

 作曲家のプロコフィエフ、ピアニストのリヒテル、ギレリス、ホロヴィッツ、ヴァイオリンではオイストラフ、コーガン、ミルシテイン、エルマン、スターン、ヴィオラのバシュメットなどなど。歌の世界でも、現在世界のオペラハウスで活躍しているソプラノにマリア・グレギーナ、ヴィクトリア・ルキアネッツなどがいます。


キエフ・オペラ(ウクライナ国立歌劇場)の歴史と特徴

 キエフ市に最初に劇場が建てられたのは1805年のことですが、1866~67年にイタリア・オペラがここで上演され、大成功を収めました。これを機に恒久的な劇場設立の機運が盛り上がり、1867年夏キエフ最初のオペラ座が建設されたのです。「私立劇場」と名づけられ、順調な公演活動をしていましたが、1896年に火災に遭います。そして2年後に再建が始まり、1901年9月にオープンしました。第2次世界大戦でも被害を蒙った建物は1983年に全面的な修復に取り掛かり、5年間かけて1988年に完成しました。

 来日公演のプログラムを見てもわかるように、一流のオペラハウスとして歩みを続けるキエフ・オペラのレパートリーの中で、イタリア・オペラが重要な位置を占めるのは、設立時まで遡ることが出来ます。また、ウクライナ歌劇場では、伝統的なイベントとしてイタリア・オペラ・フェスティバルが開催され、毎回イタリアから有名な歌手や指揮者、演出家が招かれるそうです。

 もうひとつの大事なレパートリーがロシア作品であるのは言うまでもありません。チャイコフスキー、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフ、20世紀に入ってプロコフィエフ、ショスタコーヴィチといった大作曲家のオペラ作品を上演してきました。また、ミコラ・ルイセンコ(1842~1912)のオペラ「タラス・ブーリバ」など、ウクライナの作曲家の創作にも積極的に参加してきたとのことです。

 歌劇場の現在のレパートリーはバレエも含めると50作品を越すとのこと。ひとつの歌劇場が傘下に抱える一流ソリストや出演者だけでこれだけのレパートリーをこなせるところは、世界でもそう多くはないと思われます。


次回公演作品への期待

 初来日が遅かった代わりに、3年続けてキエフ・オペラが観られるのは大変ラッキーなことです。上演演目も、昨年大好評だった「トゥーランドット」に加えて、新しくヴェルディの名作「椿姫」とプッチーニの「マノン・レスコー」がやって来ます。

 最初の来日ではヴェルディの「アイーダ」とプッチーニの「トゥーランドット」、2回目はヴェルディ「リゴレット」とプッチーニの2作品「ラ・ボエーム」「トスカ」、それにチャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」でした。3年通すと、ヴェルディ2作品、プッチーニ4作品、チャイコフスキー1作品となります。改めてイタリア・オペラへの強い愛着と自信が窺えます。

 すべてのオペラの中でも「カルメン」と並んで最も有名かつ感動的な「椿姫」。“乾杯の歌”をはじめ数多くの名曲がズラリ揃うこのオペラを、キエフ・オペラのソリストとコーラスがどのように聞かせてくれるのか、本当に楽しみです。

 プッチーニの「マノン・レスコー」も、主役の二人がどのように個性的に歌い、演じてくれるか、また、装置は豪華でなくても観ている者を引きずり込むキエフ・オペラのうまい演出がどんなふうに発揮されるのか、見応えがありそうです。

 「トゥーランドット」は歌劇場に強い声の歌手がいないと上演できない作品。昨年キエフはこれを見事な舞台に仕上げました。前回観られなかった方はまずこちらから!

 ヴィオレッタとマノンとトゥーランドット……役柄も声もまったく異なるこの3人を歌える女性歌手陣を擁するキエフ・オペラ。その実力を低価格で楽しめる来日公演は、そう遠くありません。


朝川博(元「音楽の友」編集長)