ウィーン放送交響楽団

馥郁たる音色が劇場に拡がる!

願ってもない顔合わせ、実現!
  キタエンコとウィーン放送交響楽団―魅力的な、そして期待がふくらむ顔合わせだ。
  2007年に久しぶりに来日したウィーン放響だったが、そのしなやかで柔らかい音色、音楽が生命力をもって自発的に立ち上っていくような演奏は、あらためて「ウィーンの音楽人たちが持つ音楽への愛情」を強く感じさせるものだった。

  そして、ドミトリー・キタエンコ。古い世代には「キタエンコと言えば、モスクワ・フィル」と頭に焼き付いているほどの名前。何しろ、ソ連時代からソ連崩壊に至るまでの間、そのコンビは15年近くの長きにわたって活動を続け、俊英キタエンコによってモスクワ・フィルはソ連随一のオーケストラに成長したことを、当時、だれもが見てきた。一方、新しい世代にとっては、度々の来日で日本のオーケストラを指揮し、その能力を100%どころか、120%にも150%にも引きだして、「卓越した指揮者。いや、まるで、魔法使いだ」と印象づけてきた。

  古き世代には俊英のイメージが強いキタエンコもすでに60歳台後半、まもなく70歳になろうとしている。フランクフルト放響、ベルゲン響、ベルン響、韓国のKBS響で首席指揮者を務め、ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、ライプツィヒ・ゲンヴァントハウス管、チェコ・フィル、フィラデルフィア管といった名だたるオーケストラから絶えずオファーが来ていることを考えれば、世界的指揮者の一人に数え上げることができよう。

  ロシア・サンクトペテルブルク生まれの指揮者とウィーンのオーケストラのコンビによる来日は、一見、珍しさを感じるが、ソ連崩壊後のキタエンコのワールドワイドな活躍を見れば、不思議でも何でもない。何よりも、若き日、デビュー前にウィーン音楽院で名匠ハンス・スワロフスキーの薫陶を受けていたのだから、ウィーンとは浅からぬ縁がある。そして、その才能が1969年の第1回カラヤン指揮者コンクール第2位という形で結実し、一気に世界の注目を浴びたのだった。2008年は奇しくもカラヤン生誕100周年である。

王道を行くプログラム
  さて、その期待の顔合わせによる東京公演は、「スラブ系作品」(Aプロ)と「独墺系作品」(Bプロ)という、この顔合わせならこれしかない、という王道を行く曲目が並んだ。

  プログラムAはロシア人キタエンコがウィーン放響の機能を徹底的に使いこなすプログラム。放送交響楽団はその性格上、古典から現代まで幅広いレパートリーに応えなくてはならないことは誰もが知っている。スラブ系作品もそのレパートリーの一部だが、指揮者がスラブ魂で迫ってくると、さすがにいつもとは心構えが違うだろう。近年ヨーロッパ各地で注目されている、勢いのある若手ピアニスト、ヘルベルト・シュフがチャイコフスキーのピアノ協奏曲で日本デビューするというのも話題だ。

  プログラムBはウィーン放送交響楽団が常日ごろ演奏し慣れている名曲の数々。馥郁とした音色で聴くと、一層その曲の本質が見えてくる作品ばかりだ。これらを円熟の境地に入ってきたキタエンコがどう料理するかが、最大の聴きどころ。作品を大きくとらえて聴衆を巻き込んでいくキタエンコならではの腕さばきが期待できそうだ。

  2007年の日本公演とはまったく趣の異なるウィーン放送交響楽団日本公演。名曲ばかりのプログラムながら、随所にフレッシュさが漂う注目のコンサートだ。